8 熱力学関数
f-denshi.com  [目次へ] 更新日: 21/08/30   
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  前ページにおいて,熱力学関数と称される状態量を表す関数がすべて出揃いました。そこで,さらに話を先へ進める前にこれら関数どおしの間に成り立つ美しい対称性について述べておきましょう。また,いくつか重要な公式についても導出し,それらの覚え方を伝授します。

1.熱力学関数の1階偏導関数:ルジャンドル変換

[1] これまでに登場した U,H,G,F を熱力学関数といいますが,定義をもう一度書いておきましょう。

H = U+PV   [エンタルピーの定義]
F = U−ST   [ヘルムホルツ自由エネルギーの定義]
G = H−ST   [ギブス自由エネルギーの定義]

実は,これらはルジャンドル変換[#]と呼ばれる熱力学関数の間で行われる一種の変数変換の一部分なのです。そのすべてを一覧にすると次のようになります。

(1)   U = H−PV (1)' U = F+ST = G−PV+ST
H
S
P
U G
V
T
F
(2)   H = U+PV (2)' H = G+ST = F+PV+ST
(3)   F = G−PV   (3)' F = U−ST = H−ST−PV
(4)   G = F+PV (4)' G = H−ST = U−ST+PV

ここには4つの熱力学関数の他に S,P,V,Tが登場しますが,これらは変数と考えるのが自然でしょう。ただし,陰関数表現で考えることも多いので,変数,関数という見方は相対的なものに過ぎません。つまり,U,G,H,F を変数とみなすようなこともあります。この章ではこれら関数・変数の間に成り立つ様々な関係式を導いてゆきます。また,これら8つの定義式を上図(ウガンダハイフン)を用いてどのように覚えるかは第1章に述べておきました[#]ので確認しておいてください。

[2] ルジャンドル変換を具体的にひとつだけ書いておきます。熱力学第一法則[#]は,

dU=TdS−PdV

は内部エネルギーU を変数SとVの関数とみなすとき,全微分で書けることを意味しています。そこで,エンタルピー

H=U+PV    ← エンタルピーの定義であると同時にU→Hへのルジャンドル変換です。

の微分をとると,

dH=dU+PdV+VdP
  =(TdS−PdV)+PdV+VdP
  =TdS+VdP

と計算ができますが,これはエンタルピーの全微分が変数にSとPを選ぶことで得られることを示しています。つまり,H=U+PV は内部エネルギーからエンタルピーへの変換を誘導するための関係式となっているのです。熱力学第一法則からルジャンドル変換を繰り返すことで,次の4つ熱力学関数の全微分が得られます。

(5) dU =  TdS−PdV    
(6) dH =  TdS+VdP  
(7) dF =−SdT−PdV  
(8) dG =−SdT+VdP 

変数のとり方が違うだけで,これらすべて可逆な変化に対する熱力学第一法則と等価であることを強調しておきます。

また,熱力学関数をこのように全微分であらわすことができる変数を,その熱力学関数の自然な変数と呼ぶことにしましょう。

ギブス自由エネルギーの自然な変数は,TとPです。系の自由度が2の場合,Gの変数として,SとVを用いることもできますが,その場合,導かれてくる関係式の多くは複雑になってしまい,特殊な事情がなければ,そのようにGの変数を選ぶことは賢い選択ではありません。

[3] さて,これら(5)〜(8)を用いれば直ちに,

(9)  ∂H ∂U = T
∂S P ∂S V

(10) ∂G ∂F =−S
∂T P ∂T V

(11) ∂U ∂F =−P
∂V S ∂V T

(12) ∂H ∂G = V
∂P S ∂P T
(9)'  ∂S ∂S 1
∂H P ∂U V T

(10)' ∂T ∂T =− 1
∂G P ∂F V S

(11)' ∂V ∂V =− 1
∂U S ∂F T P

(12)' ∂P ∂P 1
∂H S ∂G T V

が得られます。たとえば,(5) dU=TdS−PdV をVが一定,すなわち,dV=0の下で,dSで除せば,

dU = T
表記を整えて
∂U = T
dS ∂S V

が得られます。なお,公式(9)'は統計力学において統計力学的温度の定義を与える際のよりどころとなる重要な公式です。他の公式も同様な計算の繰り返しなので,単純計算の羅列はやめて上のような結果だけ示すことだけにとどめておきましょう。このような対称性をもつ理由は,各熱力学関数が状態量:P,V,T,S のうちのどれか2つを用いれば完全に表される(=独立変数は2個)ということだけ述べておきましょう。納得のいかない方は,ときわ台学:「実数解析入門」中の「8.ルジャンドル変換」[#] を参考にしてください。このページの欄外にもその変換の様子を一応書いておきました[#]


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2.熱力学関数の2階偏導関数:マクスウェルの関係式

[1] さらに,U(S,V) が S,V に関して2階連続微分[#] 可能ならば,微分の順序は交換できて,

∂U
∂V ∂S
V S
∂U S V
∂S ∂V

この両辺に上で求めた公式(9)と(11)をそれぞれ用いて,

∂T =− ∂P
∂V S ∂S V

とすることができます。

[2] H,F,G についても同様に2階偏導関数を考えてマクスウェルの関係式と呼ばれる,

マクスウェルの関係式
(13) ∂T =− ∂P
∂V S ∂S V
(14) ∂T =+ ∂V
∂P S ∂S P
(15) ∂S =+ ∂P  エントロピーの体積依存
∂V T ∂T V
(16) ∂S =− ∂V  エントロピーの圧力依存
∂P T ∂T P

が導かれます。この関係式からエントロピーが,他の熱力学変数 P,T,V と全く対等な関係にあって相互に変数変換ができ,(15),(16) 式はエントロピーの体積,または圧力依存性をよりなじみのある圧力,または体積の温度依存性で捉えられることを示しています。つまり,実験的にエントロピーを求める手段を示しています!

また,熱力学第一法則,

(5) dU =TdS−PdV    
(6) dH =TdS+VdP

はマクスウェルの関係式を用いると,次のように書き直せることが容易に確かめられます(演習)。

可測量(P,T,V)で表した熱力学第一法則 理想気体
では
∂U =T ∂P −P = Tγp−P 
∂V T ∂T V
= 0
∂U =-T ∂V −P ∂V  = -TβV+PκV
∂P T ∂T P ∂P T
= 0
∂H =T ∂P +V ∂P  = Tγp−1/κ
∂V T ∂T V ∂V T
= 0
∂H =-T ∂V +V = -TβV+V
∂P T ∂T P
= 0

これらの関係式から,等温変化において理想気体の内部エネルギー,および,エンタルピーは体積や圧力に依存しないことがわかります。ここで,β:熱膨張率,κ:等温圧縮率,γp:圧力係数については2.で定義した[#]とおりです。

[3] なお,エントロピーの温度依存性 は次のように比熱とも関係付けられます。

(17) Cv d'Q = T ∂S
dT dV=0 ∂T V
(18) CP d'Q = T ∂S
dT dP=0 ∂T P

証明は,3.の比熱の定義[#]

Cv ∂U   , Cp ∂H
∂T V ∂T P

とこのページの公式(5),および(6)を用います。

さらに,(10)式を S について解き,(17),(18)式に代入すれば,

(17)'  Cv =−T 2F
∂T2 V
(18)'  Cp =−T 2G
∂T2 P

比熱がヘルムホルツ,もしくはギブス自由エネルギーの温度依存性(2階微分)と関係付けられています。これは比熱が正であることを考慮すると,ヘルムホルツ自由エネルギー,ギブス自由エネルギーともに,温度に関して上に凸な関数である[#]ことを示しています。

[4] 最後にギブス−ヘルムホルツの関係式と呼ばれるたいへん重要な”公式” を書き下しておきましょう。

(19) ∂(G/T) −ST−G =− H
∂T P T2 T2

これは(10),(2)'を用いています。(∂G/∂T=-S) この式はルシャトリエの原理を導くのに利用します。⇒[#]

同様に,(10),(1)' より

(20) ∂(F/T) −ST−F =− U
∂T V  T2  T2

が導かれます。この式は統計力学と熱力学の接点を与えます⇒[#]

[5] もう一つ追加で,自由エネルギーの2階微分を実測可能な量で表しておきます。

(11),(12)式を用いると,

(21)  2G ∂V =−VκT
∂P2 T ∂P T
(22)  2F =− ∂P 1
∂V2 T ∂V T T

ここで,

κT = − 1 ∂V   定温圧縮率
V ∂P T

となります。


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補足

解析学のページでは,数学的な構造がよくわかるように一般的な変数φ,ψ,λ,μなどを用いてルジャンドル変換の説明をしました[#] が,ここでは熱力学関数・変数をそのまま使ったルジャンドル変換を書き下ろしておきます。

ルジャンドル変換(Legendre transformation)

[1] まず,イメージトレーニングから。
関数や方程式を扱うときしばしば,変数(未知数)の置き換えが行われます。例えば,2つの独立変数に関する関数,

f(x,y) = 2x+2y+3xy

は,x+y =α,xy = β と置き換えることで,

f(x,y)  ⇒  g0(α,β) = 2α+ 3β

となります。または部分的な置き換えによって,

f(x,y)  ⇒  g1(α,y) = 2α+ 3(α−y)y
f(x,y)  ⇒  g2(x,α) = 2α+ 3x (α−x)  
f(x,y)  ⇒  g3(x,β) = 2(x+β/x)+3β
f(x,y)  ⇒  g4(β,y) = 2(β/y+y)+3β

などとも表すことができます。もちろん,これら6つの式の意味する内容はおなじであり,4つの変数,x,y,αβ が現れますが,この問題における独立変数は2つだけです。

[2] さて,以上の前置きを念頭に今度は全微分を利用した変数の置き換えを行ってみましょう。

出発の式は本文中と違い,5.で導出したエントロピーS,圧力Pを変数とした熱力学第1法則:

dH = TdS+VdP  

とします[#]。前ページでさまざまな熱力学変数を導入しましたが,ここではエンタルピーH が独立変数SとPの関数であること以外,予備知識はすべて忘れてしまってください。それからスタートです。

(1) 変数 S,P を独立変数とする全微分可能な関数をH(S,P) とします。全微分は,

dH = ∂H dS + ∂H dP
∂S P ∂P S

ここで,

T = ∂H   , V = ∂H
∂S P ∂P S

と変数を導入して置き換えれば,熱力学第1法則として,

dH = TdS + VdP          

と書けます。そして,この式の T や V を独立変数とみなす関係式を見出そうというのがこれからの作業です。

(2) まず,H(S,P) において変数変換 ( S → T ) を行いたいときは,

G = H−ST

と関数Gを定義すれば,    

dG= dH−d(ST)
  = (TdS+VdP)−(SdT+TdS)
  = −SdT + VdP

と,Gが T,P の関数として表せていることがわかります。これを T,P を独立変数とするG(T,P)の全微分,

dG= ∂G dT + ∂G dP
∂T P ∂P T

と比較すれば,下のような関係が成り立っていなければなりません。

- S = ∂G   ,  V = ∂G
∂T P ∂P T

(3) 次に,H(S,P) の変数のうち (P → V) と換えたいときは,  

U = H−PV
dU = dH−d(PV)
  = (TdS+VdP)−(PdV+VdP)
  = TdS − PdV

とすればよいことがわかります。これを全微分,

dU= ∂U dS+ ∂U dV
∂S V ∂V S

と比較して,

T = ∂U    ,−P = ∂U
∂S V ∂V S

(4) 同じような計算の繰り返しですが,G(T,P) の変数を (P → V) と換えるために,F=G−PV と置くと,

dF=dG−d(PV)
   =(−SdT+VdP)−(PdV+VdP)
   =−SdT − PdV

これを全微分,

dF = ∂F dT + ∂F dV
∂T V ∂V T

と比較して,

−S = ∂F   , −P = ∂F
∂T V ∂V T

が得られます。 以上の計算の流れと結果を一覧表にすると,下のように整理できます。

dH=TdS+VdP
(3) U=H−PV H (2) G=H−TS
S
P
dU=TdS−PdV U G dG=VdP−SdT
(F=U−TS) V
T (4) F=G−PV
導出省略 F
dF=-SdT−PdV

ウガンダハイフン的眺望
H(S,P) G(T,P)
(H=G+ST) (2) G=H−ST  
(H=U+PV) (G=F+PV)
dH=TdS+VdP dG=−SdT+VdP
T= ∂H :V= ∂H
∂S P ∂P S
-S= ∂G :V= ∂G
∂T P ∂P T
U(S,V) F(T,V)
(3) U=H−PV   F=G−PV
(U=F+ST) F=U−ST
dU=TdS−PdV dF=−SdT−PdV
T= ∂U :-P= ∂U
∂S V ∂V S
-S= ∂F :-P= ∂F
∂T V ∂V T

そして,凸関数をルジャンドル変換して得られる関数 [#] は変換前と1対1に対応していることから
例えば,H(S,P) の形が分かれば他の熱力学関数 G(T,P),U(S,V)F(T,V) の形も決まるのです。

(実際の熱力学系では,相転移が起こるなどして,S,P,V,T>0 の定義される全領域で凸関数であることが成り立たなかったり,そもそも全微分不可能だったりするので,ルジャンドル変換は局所的に実行可能ということになります。)

おまけ

dH=TdS+VdP
H=U+PV H H=G+TS
S
P
dU=TdS−PdV U G dG=VdP−SdT
U=F+TS V
T G=F+PV
F
dF=-SdT−PdV

上昇するウガンダハイフン


dH=TdS+VdP
H=U+PV H G=H−TS
S
P
dU=TdS−PdV U G dG=VdP−SdT
U=F+TS V
T F=G−PV
F
dF=-SdT−PdV

時計まわりのウガンダハイフン


dH=TdS+VdP
U=H−PV H H=G+TS
S
P
dU=TdS−PdV U G dG=VdP−SdT
F=U−TS V
T G=F+PV
F
dF=-SdT−PdV

反時計まわりのウガンダハイフン

ウガンダハイフン[#]は熱力学公式の暗記に役立つということで,講義の最初に紹介しましたが,
ここまでやってくると,それ自身で熱力学の構造を簡潔に表現していることがわかると思います。