3 行列式 | ||
f-denshi.com 最終更新日:04/02/26 |
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ふつう,数学の教科書,というか理論体系というのは,
( 定義 + 公理 ) ⇒ ( 命題 ) ⇒ ( 定理 )
という順番に書かれていて,その順番に説明が行われます。しかし,実際に ”数学”
ができあがっていく過程はこれと全く逆の順序であることが多いものです。人間が何か仕事をするときは,最初に目標とかゴール(=
将来,定理と呼ばれるもの )が示され,それを達成するためには何をすればよいのか分析し,比較的簡単に達成できそうな課題(=命題
)を設定します。それからそのひとつひとつを掘り下げながら整理して行くという作業(
=定義+公理+補題 が誕生)をたいていするものです。数学も人間が作る以上,そのようなプロセスに従うことはもっともなことと考えられます。
すると,定義というのはほとんどの場合,そういった活動の一番最後に全体を見通した上で作られているわけで,それを
”ホントに理解する” ためには全体がわかっている必要があり,定義は数学で一番難しい部分といえなくもありません。この事情は行列式についても当てはまります。まず,こちら[#] を読んでからここへ戻ってくる方が王道なのかも。
[1] 逆行列の計算に必要な行列式の定義は置換と呼ばれる写像を用いて定義されます。置換については,「 代数入門 」 でも詳しく説明しました[#]ので参考にしてください。ここでは簡単に説明します。
有限個の元からなる集合 M = { 1,2,・・・,n } から M自身への上への1対1写像:
σ: s → t ; σ(s)=t s,t ∈M
を置換といい,
σ= 1 2 ・ ・ ・ n = [ σ(1)σ(2) ・・・・ σ(n) ] i j ・ ・ ・ k
などと書きます。例えば,M’={ 1,2,3 }とし,
σ: 1→3, 2→1, 3→2
つまり,σ(1)=3,σ(2)=1,σ(3)=2 ならば,
σ = 1 2 3 = [ 312 ] 3 1 2
と書きます。他にも,[321],[213],[231],[132],[123] がM’に働く置換で合計 6 個あります。一般に,M = { 1,2,・・・,n }に働く置換はn の並びの順列: n!( n階乗 )あります。このM に働く置換全体の集合は写像の合成を演算として群をなし[#],この集合をSn,
S3= { [312],[321],[213],[231],[132],[123] } ← n=3のとき
と書き,n文字の(n次)対称群と呼びます。(3個の元からなるときは,3次対称群)
[2] すべての置換はいくつかの互換の積で表せます[#] が,その積に含まれる互換[#] の数は置換ごとに偶数となるか奇数となるかは決まっています。偶数の時,その置換を偶置換,奇数のときは奇置換と言います。さらに,置換σの符号を次のように定義します:
置換σの符号: sgnσ= 1 (σが偶置換) -1 (σが奇置換)
置換の符号の具体的な求め方は,置換を(1)巡回置換の積に分解し,(2)それぞれの巡回置換を互換に分解する,という手順で求められます。これも詳しくは,「 代数入門 」の3章 [#] を参考にしてください。
[3] 以上の記号を用いて,n次正方行列A の行列式: |A|,または detA の定義は次のように与えられます:
行列式の定義 ここで,Σ の和は n!個の置換すべてについて行う。もしくは,
|
n の小さな場合を具体的に計算して見ましょう。
n=2 :{sgnσ・[σ(1),σ(2)]|σ∈s2 }
={+ [1,2],−[2,1] }
|A|=Σ aσ(1) 1aσ(2) 2
=+a11a22−a21a12
n=3 :{ sgnσ・[σ(1),σ(2),σ(3)]|σ∈s3 }
={+[1,2,3],+[2,3,1],+[3,1,2],−[1,3,2],−[3,2,1],−[2,1,3] }
|A|=Σ aσ(1) 1aσ(2) 2aσ(3) 3
=+a11a22a33+a21a32a13+a31a12a23−a11a32a23−a31a22a13−a21a12a33
[4] また,n=3 の場合は,エディントンのイプシロンεijk を用いて,
|A|=εijka1ia2ja3k=εijkai1aj2ak3
と表記することもできます。ここで,εijkは,(↓全部で27個あります)
εijk= ε123=ε231=ε312 = 1 ε213=ε132=ε321 = -1 εその他 = 0
と定義されます。また,任意の互換σにたいして,
σ(εijk)=−εijk, ただし,σ(εijk)=εσ(i)σ(j)σ(k)
が成り立ちます。ただし,σ(εijk)=εσ(i)σ(j)σ(k)
[1] 行列式を定義に従って計算することは,n が増えると n!個の項があらわれてたいへん骨の折れることとなります。そこで,次に述べるような行列の基本的な性質を利用することが行列式計算のテクニックのひとつとして重要です。ここでの列について成り立つことは行についても成り立つことに注意しましょう。(ということで列の場合だけしか書きません。)
(1) 多重線形性 1 (← 初めての人はこの呼び名を気にしないでください)
|a1,・・・,as,・・・,an|+|a1,・・・,a's,・・・,an| = |a1,・・・,as+a's,・・・,an|
a11 ・・・a1s ・・・a1n | + | a11 ・・・a'1s ・・・a1n | = | a11 ・・・a1s+a'1s ・・・a1n | ||||||
a21 ・・・a2s ・・・a2n | a21 ・・・a'2s ・・・a2n | a21 ・・・a2s+a'2s ・・・a2n | ||||||||
: ・・・・・・ : | : ・・・・・・ : | : ・・・・・・・・・・・ : | ||||||||
an1 ・・・ans ・・・ann | an1 ・・・a'ns ・・・ann | an1 ・・・ans+a'ns ・・・ann |
が任意のs列について成り立ちます。
(2) 多重線形性 2 任意のs列について,
λ|a1 ・・・ as ・・・ an|= |a1 ・・・ λas ・・・ an|
λ a11 ・・・a1s ・・・a1n = a11 ・・・λa1s ・・・a1n a21 ・・・a2s ・・・a2n a21 ・・・λa2s ・・・a2n : ・・・・・・ : :・・・・・・・・・ : an1 ・・・ans ・・・ann an1 ・・・λans ・・・ann
(3) 交代性 任意のs列とt列の入れ換えで符号反転
|a1 ・・ as ・・at ・・ an|=−|a1 ・・ at ・・ as ・・ an|
a11 ・・・a1s ・・・ a1t ・・・a1n = − a11 ・・・a1t ・・・ a1s ・・・a1n a21 ・・・a2s ・・・ a2t ・・・a2n a21 ・・・a2t ・・・ a2s ・・・a2n : : : : : : : : an1 ・・・ans ・・・ ant ・・・ann an1 ・・・ant ・・・ ans ・・・ann
[2] 上の性質より
(4) ある列が他の列の定数倍と一致すれば|A|= 0
as=λat ⇒ |a1,・・λat,・・,at,・・an|=0
(5) ある列に他の列の定数倍を加えても変わらない。(↓s列目に t列目のλ倍を加える。)
|a1 ・・ as ・・at ・・ an|=|a1 ・・ as+λat ・・at ・・ an|
さらに,この2つの性質から,
(6) もし適当なλkを選び,as=Σλkak ( k≠s )と表せる ( ←1次従属と言いいます[#] ) ならば,
|a1 ・・・ as ・・・ an|=|a1 ・・ Σλkak ・・・ an|= 0
対偶をとれば,どんなλkを選んでも,
(6)' |a1 ・・・ as ・・ ・an|≠ 0 ⇒ as=Σλkak ( k≠s )と表せない(←1次独立[#])。
他にも,
(7) |A|=|tA| 成分が複素数のとき[#]は|A|=|A*|
(8) |AB|=|A||B|
以上の証明は難しくないので省略します。他の線形代数の教科書を参照してください。
[3] 他にもいくつか行列式の計算に役立ちそうなことを列挙しましょう。
一般に正方行列 M を4つにブロック化して考えて,記号 A=(ass),B=(bst),C=(cts),D=(dtt)は下のような部分を指すものとします。ただし,A と D は必ず正方行列でなければいけません。
正方行列: M = a11・・・・・a1s b11・・・・・b1t =
A B C D : ・・・ : : ・・・ : as1・・・・・ass bs1・・・・・bst c11・・・・・c1s d11・・・・・d1t : ・・・ : : ・・・ : ct1・・・・・cts dt1・・・・・dtt
このとき,B,Cのどちらかが,零行列,Oであれば,
|M|=|A||D| = a11・・・・・a1s d11・・・・・d1t : ・・・ : : ・・・ : as1・・・・・ass dt1・・・・・dtt
が成り立ちます。
[4] 特に,これを繰り返し適用できる場合,
|M|= a11 a12 a13 ・・ a1n =a11a22・・・ann 0 a22 a23 ・・ a2n 0 0 a33 ・・ : : ・・ ・ : 0 ・・ ・・ 0 ann
[5] また,正方行列 A,B,C,Dとすると,
A B = A+B A−B B A
及び,|A|≠0,AC=CA のとき,
A B = AD−BC C D
が成り立ちます。