1 抽象ベクトル空間の定義
f-denshi.com [目次へ] 最終更新日:03/07/01  
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ここからかなり抽象的な議論が多くなりますが,テンソルをきちんと理解するためには避けて通れません。

1.抽象ベクトル空間の定義

[1] ベクトル空間の厳密な定義から始めましょう。冒頭に 「体R」 という用語が出てきますが,これは実数と考えて読んでください。

 集合Vが体R上の[#]ベクトル空間であるとは,次の2つの演算,

( I )
      Vの任意の2つの元 xy からVの一つの元 z への対応,

xy  → z  または, x yz   (xyz ∈ V)

( II )スカラー倍
      Vの任意の元xスカラー(係数)と呼ばれる体R に属する元 a からVの元,z への対応

a,x → z  または, axz   (yz ∈ V ,a ∈ R ) 
  ↑ しばしば,積の演算記号
は省略します。)

が定義されていて,さらに以下の規則が成り立つことである。

+ に対して V の元は可換群 」

(1)[結合法則]
   Vの任意の3つの元xyz に対して,(xy )+zx+(yz ) が成り立つ。

(2)[零元の存在]
   Vのすべての元x に対して,x0x となるような元0 がVの元の中に存在する。

(3)[マイナス元の存在]
   Vのすべての元 x に対して,xx’=0 となるような元x’ がVの元の中に存在する。
   ( x’ を−x としばしば書きます。)

(4)[交換法則]
   Vの任意の元 xy について,xyyx  が成り立つ。

「 スカラー倍に対して 」 ( ↓演算記号は以後省略 ) 

(5) 1x = x

(6) a( bx ) = ( ab )x

(7) a(xy ) = ax+ay  

(8) ( a+b )x = ax+bx

ただし,( 1,a,b ∈ R, xy ∈ V)

  なお,ベクトル空間Vの元をベクトルと呼び,和は加法ともいいます。”体 R” という用語は,四則演算の定義された実数,または,複素数と考えておいて十分ですが,詳しくは,ときわ台学 The 講義: 「 代数学入門 」を読む必要があります[#]。もう一つ注意すべきことは,スカーラー倍をスカラー積と呼ぶこともあります。後に定義する内積[#] をスカラー積ということも多いので,スカラー積という用語は混同しないように注意が必要です。

(注1) ちなみに内積はベクトル空間の定義には入っていません
    (内積を追加したものは計量ベクトル空間と呼ばれます。[#] )

(注2)ベクトル空間であることを示すときに,上に並べた一つ一つが成り立つことを示すのは面倒なので,

「 a,b ∈ R, xy ∈ V  ⇒ ax + by ∈ V 」

を示して,その証明とすることがあります。

[2] 上の定義はもちろん高校生のときに習うベクトル(=幾何ベクトル)の計算規則と整合性があります。ここでは,これからのことも考えて,新しい記号法を導入し,実ベクトル空間(=実数R上のベクトル空間)を抽象ベクトル空間から再定義してみましょう。

[ 実ベクトル空間の定義 ]
  n個の実数 x1,x2,・・・,xn を順に並べた組 ( x1,x2,・・・,xn )を直積といいますが,この集合を,

集合V: {( x1,x2,・・・,xn )| x1,x2,・・・,xn∈実数R}

とするとき,ベクトル空間の条件を満たすような演算が次のように定義できます。それは,Vの任意の2つの元xy と実数 a ,つまり,

x =( x1,x2,・・・,xn ),y =( y1,y2,・・・,yn ) ∈ V,a ∈ R

に対して,”和”と,”スカラー倍” を

(1)  xy = ( x1+y1,x2+y2,・・・,xn+yn )   [和]
(2)  ax     = ( ax1,ax2,・・・,axn )     [スカラー倍]

のように定義すれば,これはベクトル空間となります。(1)-(8)の演算規則の成立は自分で確かめてください。
 ここで,x の上付きの数字,1,・・・,n は「べき乗」の意味ではなく,ベクトルの第何番目の成分かを示すための識別番号です。初めは大変紛らわしいと感じるかも知れませんが,次章でこのように書く理由が判明します。

[3] 重要な定義をもうひとつ。 ベクトル空間Vの部分ベクトル空間 E とは E ⊆V であって,

xy ∈ E ならば必ず, ⇒ ax + by ∈ E  ;  ( a,b ∈R )

であるものをいいます。例えば,ユークリッド空間において,2次元平面 ( x-y平面 ) R2 は3次元空間( x-y-z空間 ) R3 の部分空間です。

. 1次独立と1次従属

[1] 体 R上のベクトル空間Vの r 個のベクトル x1x2,・・・,xr とスカラー a1,a2,・・・,ar とを取り出して作ったつぎのような和,

y=a1x1 + a2x2 +・・・+ arxr

も同じベクトル空間に属するベクトルで,このyx1x2,・・・,xr  の1次結合(線形結合)といいます。さらに,

z=b1x1 + b2x2 +・・・+ brxr

とするとき,もし,yz であるならば,必ず,

a1=b1, a2=b2, ・・・・ , ar=br

となるとき,x1x2,・・・,xr は1次独立といいます。一方,そうでないときは1次従属といいます。つまり,どんな V のベクトルについても,

x1x2,・・・,xr の1次結合で表す表し方は一通りしかない。」

とき,x1x2,・・・,xr を 1次独立というのです。

[2] 1次独立であることの別の表現とし, 

x1x2,・・・,xr が1次独立であるための必要十分条件は,

    a1x1 + a2x2 +・・・+ arxr0

ならば, a1=a2=・・・=ar=0 であることである。

ただし,0 はV の零元(=ゼロベクトル),0 は体 R の零元。

も覚えておく必要があります。これは,先のyz なる条件式を,

 a1x1 + a2x2 +・・・+ arxr = b1x1 + b2x2 +・・・+ brxr
⇔ (a1b1)x1+(a2−b1)x2+・・・+(ar−br)xr = 0

と書いて言い直したものです。 

[3] あるベクトル空間に属する1次独立なベクトルの最大個数 n が存在するとき,n をこのベクトル空間の次元といい,

dimV=n

と書きます。また,次元がnであるベクトル空間を n次元ベクトル空間といいます。 一方,どんなに大きな n をとっても,r >n となる r 個の1次独立なベクトルが存在するとき,このベクトル空間の次元を無限次元といいます。この講義では次元が有限の場合だけしか扱いません。

[4] n次元ベクトル空間Vにおいて,n個の1次独立なベクトルが与えられたとき,次の定理が成り立ちます。

定理

n次元ベクトル空間Vの n個のベクトル{ x1x2,・・・,xn }が1次独立であるとする。このとき,

(1) 任意のベクトル v ∈ V は,

v =v1x1+v2x2+・・・+vnxn

  と,一意的に表せる。

(2) また,r <n なる r 個の任意の1次独立なベクトル{x1x2,・・・,xr } に対して,(n−r) 個のベクトル
   {xr+1,・・・,xn} が存在して,

x1x2,・・・xrxr+1,・・・,xn

  が1次独立となるようにできる。

(証明省略) 

[5] この定理(1)によれば,n個の一次独立なベクトルを選び,固定すれば,V の任意のベクトルv

v =v1x1+v2x2+・・・+vnxn

と書く代わりに,一意的に決まる係数,v1,v2,・・・,vn だけを並べて略記することもできます。(これは先ほど述べた実ベクトル空間の定義[#]と合致しています。) そのとき,”固定” して考えるベクトルの組,{x1x2,・・・,xn }を基底,係数,[ v1,v2,・・・,vn ]を座標,または成分といいます。また,基底を定めることを座標系を定めるともいいます。基底に対しては,そうでないベクトルと区別するため,アルファベットの e を用い,

12,・・・,n } 

と書くことにしましょう。 以上,まとめるとめると,

 ベクトル空間Vの任意のベクトルx は,Vの基底:{12,・・・,n }が与えられると,係数 x1,x2,・・・,xn∈R を用いて,

x =x11+x22+・・・+xnn  

と一意的に書くことができ,さらに係数だけを用いて,

x x1
x2
xn

 と表現することもできる。この係数をベクトルの成分という。

 最後に注意しておくことは,上の議論において,

xn の n が上付きの添え字であること,
n の n が下付きの添え字であること

にも注意して下さい。意図的にそうしています。

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