1 行列の定義と略記法
f-denshi.com  最終更新日:03/06/23  

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高校生で習う程度の行列 (matrix) の知識を前提に行列の定義と基本的な用語についてまとめておきます。必ずしもここでは厳密な言い方をしていませんが,連立1次方程式 (simultaneous linear equations)論を理解するには十分でしょう。

1.表記法

[1]  m行n列の行列ABの表記はスペース等の都合によっていろいろ使い分けをします。よく使われる方法を列挙します。成分 (element) を書き並べるもっとも標準的な表し方は,

A =  a11 a12 ・・・・ a1n   B =  b11 b12 ・・・・ b1n
a21 a22 ・・・・ a2n b21 b 22・・・・ b2n
 :  :  ・・・・ :  :  :  ・・・・ :
am1 am2 ・・・・ amn bm1 bm2 ・・・・ bmn

と書きますが,これはスペースをとるのでしばしば節約のために,

B = (bmn) 

などと書きます。ここで成分要素ともいう) amn,bmn は実数,または複素数です。

[2] 列数が1の行列

b11
b21
: 
bm1

列ベクトル (column vector),行数が1の行列

a11a12・・・・a1n

行ベクトル (row vector) と呼ぶことにしましょう。この用語を用いると,中ぐらい略した表現として,行列の各列を列ベクトルとしてまとめて扱った,

B  b11 b12 ・・・・ b1n  ≡ (b1b2,・・・,bn);  
b21 b 22・・・・ b2n
: : ・・・・
bm1 bm2 ・・・・ bmn

ただし,b1 b11 b2 b12  ,・・・・ b2 b1n
b21 b22 b2n
bm1 bm2 bmn

のような書き方ができます。場合によっては,各行を行ベクトルとしてまとめて,

A a1
a2
an
ただし,a1=(a11a12・・・a1n),a2=(a21a22・・・a2n), ・・・,an=(an1an2・・・ann

とも書くことにしましょう。

[3] 行列AB (product) は,AB と書きますが,積の定義が可能なのはAの列数とBの行数が等しいときだけで,

m行k列の行列A とk行n列の行列Bの積は,

AB
a11 a12 ・・・・ a1k
・・・・・・・・・・・・
am1 am2 ・・・・ amk
b11 ・・ b1n
・・・・・・
・・・・・・
bk1 ・・ bkn
    = a11b11+・・・+a1kbk1  ・・・ a11b1n+・・・+a1kbkn
・・・
・・・
am1b11+・・・+amkbk1 ・・・ am1b1n+・・・+amkbkn

と定義され,m行n列の行列となります。これが,

C c11c12・・・・c1n
: ・・・・・ :
cm1cm2・・・・cmn

に等しい,すなわち,CAB とすると,C の s行 t列成分 cst は,

cst = asrbrt

と書くことができます。また,ベクトルを用いた行列の表現方法を使うと,

AB =Ab1b2,・・・,bn
      a1 b1b2,・・・,bn)= a1b1 ・・・・・ a1bn
a2 a2b1 ・・・・・ a2bn
am amb1 ・・・・・ ambn

などとも書くことができます。ここで,asbt は,

asbt=(as1as2・・・・ask b1t
asrbrt = cst
b2t
bkt

であり,行列成分が実数ならば,asbt の内積asbt (inner product , scalar product ) と同じになります。

2 用語

行列要素の並び方に特徴のある行列には呼び名が付いてます。これを整理しておきましょう。

[1] 正方行列 A
 行と列の数が等しい行列,

  a11 ・・・ a1n
 A=(ann)=   ・・・  :
  an1 ・・・ ann

をn次の正方行列 (square matrix) といいます。応用上この形をした行列はもっとも重要です。

[2] 共役行列    
A
 行列Aに対して,各成分を共役複素数[#]に置き換えた行列 [ ast  ]
ast
  a11 ・・・ a1n
A ・・・
  an1 ・・・ ann
共役行列 (conjugate matrix)といいます。行列要素が実数の時は
A
A

[3] 転置行列 A 
  行列Aに対して,その行と列を入れ換えた行列[ astats

  a11 ・・・ an1
 tA ・・ ・・・ ・・
  a1n ・・・ ann

転置行列 (transpose matrix )といい,Aと書きます。

[4] 随伴行列 A*  

 行列Aに対して,行と列を入れ換えると同時に各要素を共役複素数に置き換えた行列[ ast
ats
 A*
a11 ・・・ an1
・・・
a1n ・・・ ann
随伴行列 (adjoint matrix ) といいA*と書きます。また,成分がすべて実数ならば,A*A に注意して下さい。随伴行列についての基本的な性質をまとめておきます。

随伴行列の基本的な性質  (ABは正方行列で,c は複素数)

(1) (A**A
(2) (cA* =  A*
c
(3) (AB**A*
(4) (A*A**
(5)  |A*|=|                  行列式に関して
A
(6) (A*-1=(A-1*           逆行列に関して

[5] 三角行列と対角行列 (diagonal matrix )

行と列の番号が等しい対角成分より右上,もしくは左下がすべて0である次のような行列を三角行列といいます。

λ1
λ2
O
λn
λ1 O
λ2
λn
上三角行列 下三角行列

行列要素は,の部分では任意の数,O の部分ではすべて0 が並びます。

さらに対角成分,akk 以外の成分がすべて0である行列:

D α 0 ・・・・ 0
0 β 0・・ 0
・・・・
0 ・・・・・0 ω

と表します。もちろん,

零行列O 0・・・・・0
, 単位行列E
   (unit matrix)
1 0 ・・ 0
0・・・・・0 0 1 ・・ ・・
・・ ・・ 1 0
0・・・・・0 0 ・・ 0 1

と呼ばれる行列も対角行列の一種です。( ”ベキ零行列” というのもありますが,”すべての成分が0である零行列”とは別物です。→[#]

ここまでを表にすると下のようになります。
名称 正方行列
共役行列
A
転置行列 A 随伴行列 A*
(共役転置行列)
行列
A=  a11・・・a1n
 ・・・ :
an1・・・ann
  a11 ・・・ a1n
A ・・・
  an1 ・・・ ann
  a11 ・・・ an1
A ・・ ・・・ ・・
  a1n ・・・ ann
A*
a11 ・・・ an1
・・・
a1n ・・・ ann
成分 ast
[ ast
ast
[ astats
[ ast
ats

[5−2] なお,行列Aとその随伴行列A* との間に次のような関係が存在するとき,

行列要素が実数のとき 行列要素が複素数
名称 特徴 名称 特徴
対称行列 tA=A エルミート行列 A*A
交代行列 tA=-A 歪エルミート行列 A*=-A

という名前がついています。対称行列,エルミート行列は固有値理論において主役を演じる行列なので,「固有値論入門」で詳細[#]に説明します。

次に行列の演算が関与する場合について述べます。

[6]逆行列

n次正方行列Aについて,

ABBA = E  (単位行列) 

なる行列 BA逆行列 (inverse matrix )といい,BA-1 とふつう書きます。 成分では,

asjbjt =δst 

と書くことができます。 ここで,δst はクロネッカーのデルタ (Kronecker delta) といい,

δst 1     s=t
0     s≠t

と定義されます。

[7] 直交行列

n次正方行列U を列ベクトルukを並べて,U=(u1u2,・・・un)と記述したときに,次の関係(内積[#]),

usuttusut=δst   

を満たすならば,U直交行列 (orthogonal matrix) といいます。このとき,U の逆行列がその転置行列tU であることは,

tUU = tu1 u1u2,・・,un)= tu1u1 ・・・tu1un 1 0 ・・ 0 E
tu2 tu2u1 ・・・tu2un 0 1 ・・ ・・
・・ ・・ 1 0
tun tunu1 ・・・tunun 0 ・・ 0 1

と書けばすぐにわかります。直交行列は行列成分が実数の場合の呼び方ですが,複素数も含めて考えるときはユニタリ行列と呼ばれます。

これで最後です。行列T とその随伴行列T* との間に,

TT*=T*T         [ 正規行列 ]

が成り立つとき,T を正規行列といいます。これは固有値論[#]の中で詳しく説明します。

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