5 多重線形性とテンソル | ||
f-denshi.com [目次へ] 最終更新日:07/10/19 | ||
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このページでは,テンソル積の記号を×と書いています。
[1] これから体R上のベクトル空間V上で定義された線形写像 [#] の概念の拡張として多重線形性を説明します。まず,1重線形性とも呼ぶべき線形写像についてもう一度書くと,
ベクトル空間 V
(1) x,y → x +y ( x,y ,x+y ∈ V )
(2) a,x → ax ( x ,ax ∈V ,a ∈ R )
双対空間 V*
(1)' φ(x ),ψ(x ) → (φ+ψ)(x ) (φ,ψ,φ+ψ ∈V* )
(2)' a,φ(x ) → (a・φ)(x ) (φ,a・φ ∈ V*,a ∈ R )
これらの空間の”橋渡し役” が線形写像:
(1)" φ(x+y )=φ(x )+φ(y )
(2)" φ(ax) =aφ(x )
ということでした。(詳しいことはこちら[#],[#] を見て下さい。)
[2] これらをベースに双線形写像(2重線形写像)と呼ばれる写像(=関数)を定義しましょう。
定義 体R上のベクトル空間V の直積集合V×V: {(x,y )|x,y ∈ V } 上で定義された関数: φ(x,y ): (x,y )∈V×V → r ∈ R を考えて,それが,z ∈ V,a∈ R に対して, (1) φ(x+z,y )=φ(x,y )+φ(z,y ) (2) φ(ax,y )=aφ(x,y ) を満たすとき,(1),(2)の性質を双線形性といい,この関数φを双線形写像という。 |
つまり,1番目,2番目の各成分(ベクトル)についての線形性が独立して成り立つということです。
[3] 具体的例としては,2次元ベクトルの直積集合,
(x,y ), ただし,x = x1 ,y = y1 ∈V x2 y2
を次のような 2行2列の行列式 に対応させる写像ψ:
ψ(x,y )=|x y|= x1 y1 x2 y2
は双線形関数です。これは行列式の基本性質[#]から直ぐに(1),(2)を確かめられることができます。ここで,ψ(x,y )が普通の二変数関数ψ(x,y )とはまったく別物であることに注意してください。
[4] さらに,n 個の n次元ベクトルを並べてできる n次の行列式で表される関数はn重線形写像と呼ぶべきものということもわかりますね。このように線形性の概念は,”複数のベクトル空間の直積集合”上の関数に無理なく拡張できることが期待できます。また,定義の仕方から,定義域を構成するベクトル空間が必ずしも同一である必要はありません。つまり,より一般的に,
異なってもよいベクトル空間:V1,V2,・・・,Vn を考えて,その直積集合:
{(v1,v2,・・・,vn)|v1∈V1,v2∈V2,・・・,vn∈Vn}
上の関数で,各成分について線形性が成り立つもの
を考えることができます。これらを総称して多重線形写像といいます。
このように線形性は多重線形性へと一般化できますが,応用上重要なのは,ダントツで「3次元ベクトル空間上の双線形写像」です。また,n重線形写像の取り扱いは記述が極めて煩雑になるので,ここでは双線形写像,2階テンソルに話を絞って具体的に説明したいと思います。
[1] 前ページでベクトル空間 V の線形関数の全体集合 V* を考えると,内積を通してこれらのベクトル空間V* がVと同一視できることをみました。同様なことが双線形関数についても成り立つことをまず,確かめましょう。
双線形写像全体の集合,これを V*×V* = {φ,ψ,・・・ }と書くことにしますが,この集合の元の間に意味のある和+,とスカラー積・を次のように定義することができます。すなわち,
(1) (φ+ψ)(x,y)=φ(x,y)+ψ(x,y)
(2) (a・φ)(x,y)=aφ(x,y )
とします。このとき,φとψ∈V*×V* ならば,φ+ψ,および,a・φ は V×V上の双線形写像であることが確かめられます。つまり, (証明は,片方のベクトルに着目すれば,双対空間の線形性 [#] と全く同様です。)
φ+ψ, a・φ ∈ V*×V*
がいえます。この(双対)ベクトル空間 V*×V* を V* のテンソル積 といいます。
[2] 次に射影と呼ばれる写像を導入します。いま,基底: {e1,e2,e3 } のベクトル空間V の元を,
x = x1e1+x2e2+x3e3
y = y1e1+y2e2+y3e3
z = z1e1+z2e2+z3e3
x,y,z ∈V とします。そして,2つのベクトルをスカラーに対応させる写像(射影):φjk(x,y)を,
「ベクトル(x ) のj 番目の成分 xj を取り出し」,
さらに,
「ベクトル(y ) のk 番目の成分 yk を取り出し」
てその積をとる
ように定義します。つまり,
定義: φjk(x,y)=xjyk ,φjk(z,y)=zjyk ・・・ など
となります。すると,
φjk(x+z,y ) = (xj+zj)yk=xjyk+zjyk
= φjk(x,y)+φjk(z,y)
φjk(ax,y) = axjyk
= aφjk(x,y)
が成り立ち,このφjkが V×V上の双線形関数[#]の一つであることが確認できます。したがって,
φjk ∈V*×V*
φjkは双線形関数の全体集合,V*×V* の元のひとつです。
[3] 次に,これら双線形関数の記号 ”φjk” を,線形関数の双対空間を調べたときをまねて[#],
φ11 → e1×e1,φ12 → e1×e2, ・・・ ,φ33 → e3×e3 ( ⇔φj=ej) ( ej×ek ∈ V*×V* )
|
と機械的に置き換えてみましょう。すると,射影φjkの双線形性は,
(1) φjk(x+z,y)=φjk(x,y)+φjk(z,y) (2) φjk(ax,y)=aφjk(x,y) (3) φjk(x,y)≡xjyk |
⇒ {ej×ek}(x+z,y)={ej×ek}(x,y)+{ej×ek}(z,y) ⇒ {ej×ek}(ax,y) =a{ej×ek}(x,y) ⇒ {ej×ek}(x,y) ={ej×ek}( x1e1+x2e2+x 3e3,y1e1+y2e2+y3e3) =x1y1{ej×ek}(e1,e1)+x1y2{ej×ek}(e1,e2)・・・ ・・・・・・・・・・・・ +x3y1{ej×ek}(e3,e1)+・・・+x3y3{ej×ek}(e3,e3) ≡xjyk |
と[ej×ek]を用いて記述が変更されます。
cf. 比較のために,以前定義した射影φjの線形性を再掲
(1) φj(x+y ) = φj(x )+φj(y ) (2) φj(ax ) = aφj(x ) (3) φj(x )=φj(x1e1+x2e2+x 3e3 ) = x1φj(e1 )+x2φj(e2 )+x3φj(e3 ) = x j |
⇒ e j(x+y ) = e j(x )+e j(y ) ⇒ e j(ax ) = ae j(x ) ⇒ ej(x )=e j( x1e1+x2e2+x 3e3 ) = x 1e j(e1 )+x2e j(e2 )+x 3e j(e3 ) = x j |
特に(3)の射影演算子:φjk の定義式からは,
{ej×ek}(es,et) =δjsδkt ← cf. ej(ek) =δjk
という”直交関係”が要求されていることがわかります。 ←これは φjkの定義の言い換えです。
[4] 以上の記号と定義のもとで,
定理 {e1,e2,e3 }を基底とする3次元ベクトル空間V の直積V×V 上の任意の双線形写像φは,
とすれば,これらを係数として,
のように ej×ek の1次結合で展開できる。 ただし,{ej×ek}(es,et )=δjsδkt ⇔ cf. ej(es)=δjs によって,双線形関数 {ej×ek} を定義する。 つまり,9個のej×ek , e1×e1,e1×e2,e1×e3,e2×e1,e2×e2,e2×e3,e3×e1,e3×e2,e3×e3 はテンソル積 V*×V* [#] と呼ばれるベクトル空間の基底となる。 |
そして,Tjk を2階共変テンソル成分いいます。
[証明] 十分性だけ示しておきましょう。
任意のφ,および,x = x1e1+x2e2+x3e3,y = y1e1+y2e2+y3e3 について,
φ(x,y )=φ(Σxjej,Σykek)= ΣΣxj ykφ(ej,ek)
=x1y1T11+x1y2T12+ ・・・ +x3y2T32+x3y3T33
={e1×e1}(x,y)T11+{e1×e2}(x,y)T12+・・・ +{e3×e2}(x,y)T32+{e3×e3}(x,y)T33
={T11{e1×e1}+T12{e1×e2}+・・・ +T32{e3×e2}+T33{e3×e3}}(x,y)
となることからわかります。
双線形写像の2階テンソルを用いた展開の具体例としては内積が挙げられます⇒[具体例]
既出の「計量テンソルgjk が共変テンソルである」こと,および,内積がV*×V*のベクトルであることは内積の定義[#],
(x,y )=x1y1g11+x1y2g12+x1y3g13+x2y1g21+x2y2g22+x2y3g23+x3y1g31+x3y2g32+x3y3g33
思い出し,上述のφ(x,y )の展開において,対応 Tjk⇔ gjk を見出せばすぐに分かると思います。
[5] さて,上の定理とベクトルの線形性に関する定理[#]などと比較して眺めてみましょう。
(双対)空間 ⇒ | 線形性のまとめの再掲 | 上述した双線形写像のまとめ | ↓ 対称性から推論 | |
L1(V*) V |
L1(V) V* |
L2(V) V*×V* |
L2(V*) V×V |
|
元の記号 | xまたはT | φ | φ | (x,y )またはT |
基底 | ej,・・・ | ej,・・・ | ej×ek,・・・ | ej×ek,・・・ |
線形結合 | x=Σxjej | φ=Σxjej | φ=ΣΣ Tjk{ej×ek} | T=ΣΣ Tjk{ej×ek} |
基底と成分 | T(ej)=xj | φ(ej )=xj | φ(ej,ek)=φ({ej×ek})=Tjk | T(ej,ek)=T(ej×ek)=Tjk |
射影 | ej(x )=φj(x)≡xj | {ej×ek}(x,y )=φjk(x,y)≡xjyk | ||
直交性 | ej(es)=ej・es=δjs | {ej×ek}(es,et)={ej×ek}・{es×et}=δjsδkt |
左半分が前ページまでのまとめ,そのすぐ右の列がこのページのこれまでの説明のまとめです。そして一番右側の青い列は,この表に完璧な対称性をもたらすために必要な関係式を推定して書き込んだものです。それは共変テンソル(←ベクトル空間ですぞ!)に対となるベクトル空間上で成立する関係式です。
ベクトル空間で議論したベクトル空間と双対空間の対称性を考慮すると,共変テンソルに対してもそれと同型なベクトル空間が存在して,それは,指標の上下の関係を逆転させたものであろう予測できます。それを V×V (=(V*)*×(V*)*)と命名することも当然の成り行きでしょう。厳密にはきちんとした証明が必要ですが,ここまでの議論を完全に理解できていれば自明であり,それも不要でしょう。また,ベクトルとは1階反変テンソルTk と呼ぶベキものだったのだと気がつきますね。
[7] 双線形写像において,φと (x,y) のどちらが変数でどちらが関数に対応しているかは単なる視点の置き方の違いでしかないこと,したがって,V と V* の役割をひっくり返して,V* の直積集合 V*×V*上の関数の全体集合をV×V とすることで,V のテンソル積を導入してもよいことも分かるはずです。つまり,このページのここまでの議論と結果において,テンソルや基底の指標をすべて上下逆にひっくり変えした定理が成り立つはずです。その結果だけ書いておくと,
反変テンソル V* の直積 V*×V*上の任意の双線形写像(x,y ) は,V*の基底の直積に関して, (x,y )(e1,e1)=T11,(x,y )(e1,e2)=T12,・・・,(x,y )(e3,e3)=T33 とおけば, (x,y )= T11{e1×e1}+T12{e1×e2}+・・・+T33{e3×e3} と,ej×ek の1次結合で表せる ⇔ {ej×ek} の全体集合は V×V の基底である。また, {ej×ek}(es,et)=δjsδkt ; Tjk:2階反変テンソルが成立している。 |
ここで,(x,y )を関数とみなせというのはあまりに不細工なので,多くの教科書は別の記号を使っています。ここではあえて,そのような体裁を整えることはやめてここでは,”何も工夫をしないという工夫”をしてみました。
以上は2階テンソルで説明しましたが,これは3階以上のテンソルに拡張できることは,ただ,(x,y ,・・・) とすればよいだけで容易に分かります。その性質は双線形性を一般化したもので,多重線形性と呼ばれます。