2 線形写像と双対空間
f-denshi.com   [目次へ] 最終更新日: 07/10/09 (少しだけ説明を追加しました。)
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ベクトル空間V上の線形写像全体の集合はベクトル空間であり,これをVの双対ベクトル空間(または双対空間)V*といいます。やや抽象的な概念ですが基礎物理学(量子力学,素粒子論)から工学的な応用(散乱現象,線形応答)まで線形代数の関わるあらゆる分野に登場する重要な概念です。

1. 線形写像と双対空間

[1] 線形写像[#]の復習からはじめます。体R上のベクトル空間V が[#]与えられており,

xy V,a ∈ R  → xy ,ax ∈ V

とします。このとき,

定義:[線形写像]

  Vから R への写像 φ: V → R において,

(1) φ(xy)=φ(x )+φ(y)    
(2) φ(ax ) = aφ(x)

を満たす写像 φ をV上の線形写像(または線形関数)といいます。

また,この(1),(2)をまとめて,

(3) φ(ax +by) = aφ(x ) + bφ(y )  

のように書くこともあります。

(もう少し,広く,V → R でなく,V → W; [ W = n次元ベクトル空間 ] として線形写像を定義することもあります。ここでの定義はいわば,W が ” 1次元ベクトル空間 R ” の場合です。)

[2] このような,線形写像全体を元とする集合

Φ={ φ,ψ,・・・ }

を考えるとこの集合の元(←写像です)の間に意味のある,と スカラー積を次のように定義することができます。

定義

{φψ}(x )=φ(x )+ψ(x )     [和]                 ・・・・・ [*]    
{aφ}(x )=aφ(x )            [スカラー積]

この定義の下で, 「集合Φはベクトル空間となる」 ことが示せます。(前章のベクトル空間の公理を再確認しましょう⇒[#]

まず,φ,ψ∈Φ ならば,{φψ},および,{aφ} も線形写像です。

なぜならば,この定義に従って,

(1)’ {φψ}(xy )= φ(xy )+ψ(xy ) = φ(x )+ψ(x )+φ(y )+ψ(y )
            ={φψ}(x )+{φψ}(y ) 
(2)’ {φψ}(bx )  =φ(bx )+ψ(bx ) =bφ(x )+bψ(x )
            = b{φψ}(x )            

および,

(1)” {aφ}(xy ) =aφ(xy ) =aφ(x )+aφ(y )
                       = {aφ}(x )+{aφ}(y )
      
(2)” {aφ}(bx ) =aφ(bx )=abφ(x )=b(aφ(x ))
           = b {aφ}(x )  ; b ∈R

が成り立つからです。 

すなわち,

φ,ψ ∈Φ → {φψ},{aφ} ∈Φ

となります。

[3] きちんと,集合Φ[*]で定義した演算 のもとでベクトル空間となること示すには,さらに,(I) 零元に相当する写像οが,すべてのベクトル x を0 に移す零写像ο(x )=0 ;x ∈V で与えられること。また,(II) φ(x )の逆元にあたる写像,−φ(x )は−1φ(x )とすればよいことを示せばよく,これらが線形写像であること,

ο(x ),および −φ(x ) ∈Φ

も容易に確かめることができます。他の性質もしたがって,次のような定理を述べることが可能です。

定理
  ベクトル空間V上の線形写像全体の集合はベクトル空間である。これをVの双対ベクトル空間(双対空間)という。また,記号Φをあらためて,

Φを → V* 

と書くことにする。

[4] このベクトル空間 V* をこのように双対と呼ぶ理由は V と V* の二つは,ある対応のもとで代数的構造が「同じ」とみなせるからです。この点についてはこれから説明してゆきますが,その第一歩として,この優れた対称性を理論的に取り扱うために欠かせない慣用記号について次に説明します。

2. 双対基底

[1] これまでの定義からベクトル空間 V の基底を { e1,e2,・・・,en } とし,V の2つの元を,

x = x1e1+x2e2+・・・+xnen
y
= y1e1+y2e2+・・・+ynen

とすれば,

xy = (x1+y1 )e1+(x2+y2 )e2+・・・+(xn+yn )e
 ax =  ax1e1+ax2e2+・・・+axnen

となります。

[2] ここで,射影と呼ばれる写像 φ1: ベクトル x  をその1番目の成分,x1 に対応させる関数,つまり,

  φ1(x ) = x1,     φ1(y ) = y1

という働きをする関数を考えると,

φ1(xy ) = x1+ y1, φ1(ax ) = ax1

なので,

φ1(xy ) = φ1(x )+φ1(y )
φ1(ax )      = aφ1(x )            

が成り立ちます。これは φ1 がV上の線形写像であることを示しています。同様にしてx の j 番目の成分を対応させる写像:

   φj(x ) = x j     

もV上の線形写像です。また,φj が 双対空間 V* の元 [#] のひとつでもあることも再確認しましょう。

[3] この V* の元φj (←線形写像です)を記号,

   φ1e1,φ2e2,・・・,φe   ( ej ∈V* )   

で置き換えて表してみましょう。(先入観をすてて,ここでは単なる記号の置き換えと考えてください。もちろん,ek と書こうがこれが線形写像であることには変わりありません。)するとこれまででてきた式たちも,          

(1) φj(xy ) = φj(x )+φj(y )

(2) φj(ax ) = aφj(x ) 

(3) φj(x )=φj(x1e1+x2e2+・・・+x nen )
        = x1φj(e1 )+・・・+xnφj(en )
        = x j
⇒ e j(xy ) = e j(x )+e j(y )

⇒ e j(ax ) = ae j(x )

ej(x )=e j( x1e1+x2e2+・・・+x nen )
     = x 1e j(e1 )+x2e j(e2 )+・・・+x ne j(en )
     = x j 

等のように変更されます。特に,3番目の射影 φj の定義式はデルタ関数[#]を用いて,

φj(ek )=δj k

すなわち,

  e j(ek )=δj k  

とスマートに表現することができます。

ここで注意しなければならないことがあります。この関係式は,幾何ベクトルの内積であるかのように,

e jek =δj k 

と書くことが一般的です。ときわ台学でもより進んだ段階ではこの記法を用いることになります。しかし,ここで示したようにこの関係式は内積とは本質的には無関係に導かれたものです。内積と混同できるのは,次ページに示す計量ベクトル空間[#]を考え,VとV*をまったく同じ空間とするときだけです。

[4] 以上の記号のもとで次の定理が得られます。

定理
 V
上の任意の線形写像φは Vの基底を,{e1e2,・・・,en }とするとき,

  φ(e1)=χ1,φ(e2)=χ2,・・・・,φ(en)=χn

であれば,

  φ= χ1e1χ2e2・・・χnen             ・・・・・・・・・・・       [**]

e j の1次結合で表せる。 ただし,e j(ek)=δj k 

この定理は重要なので,証明もきちんとフォローしておきましょう。

[証明] 

[**]の左辺から
   φ(x )=φ( x1e1+x2e2+・・・+x nen )
       = x1φ(e1 )+x2φ(e2 )+・・・+xnφ(en )
       = x1χ1+x2χ2+・・・+xnχn
[**]の右辺から 
   {χ1e1χ2e2・・・χne }(x1e1+x2e2+・・・+x nen)
       =  x1{χ1e1χ2e2・・・χnen }(e1 )
                         +x2{χ1e1χ2e2・・・χnen }(e2 )+    ・・・・

                 ↓   の定義[#]にしたがって,       
=  x1[χ1e1(e1 )+χ2e2(e1 )+・・・+χnen(e1 )]
         +x2[χ1e1(e2 )+χ2e2(e2 )+・・・+χnen(e2 )]+    ・・・・・
         ↓  e j(ek )=δj k なので,

=  x1χ1+x2χ2+・・・+xnχn  

となって,[**]の両辺は等しい。この定理は,結局,

e1e2,・・・,e

が双対空間 V* の基底であることを示しています。これを V の基底に対して双対基底と呼びます。

[5] これまででてきたことを一覧表にして比べます。

 - ベクトル空間 V 双対ベクトル空間 V*
元の記号 xy,・・・ φ,ψ,・・・
基底:双対基底 e1,e2,・・・,,en
[基底 ⇔ 共変基底]
e1,e2,・・・,en
[双対基底 ⇔ 反変基底]
任意の元の線形結合 x=x1e1+x2e2+・・・+xnen φ=χ1e1χ2e2・・・χnen
(双対)基底と成分 ek(x )=x k  φ(ek )=χk
成分(座標)表示
x1  [反変成分]
x2
xn
1,χ2,・・・,χn) [共変成分]
線形性 φ(xy )=φ(x )+φ(y )
φ(a・x ) =aφ(x )
ψ)(x )=φ(x )+ψ(x )
(aφ)(x )=aφ(x )

 (注意: ベクトル(χ1,χ2,・・・,χn )は一般には( x1,x2,・・・,xn )と表記します(添数字が下!)。後にこの表記法に切り替えますが[#],このページではこれまでの説明に使った記号をそのまま利用しています。なお,物理学で添数字は指標と呼ばれ,指標が上にあるとき,反変基底反変成分と呼び,下にあるときは共変基底共変成分と呼びます。)

[6] この表からは注目に値する対称性が見てとれますね。この表を基にしてもう一度,写像: 

φ(x )={χ1e1χ2e2・・・χnen }( x1e1+x2e2+・・・+x nen ) 
    = x1χ1+x2χ2+・・・+xnχn 

を, ”左側の{  }は関数,右側(  )は変数” に由来するという先入観を捨て去って見てみると,
φ(x ) という関数記号の”読み方”として,

(A) χj を固定して,xk を変数と見れば,
                  ⇒ 写像φ,変数 x    [φ: VR

(B) xk を固定して,χj を変数と見れば,
                  ⇒ 写像 x ,変数 φ    [x V*R

の2とおりに同等の権利を持たせてもかまわないように見えるでしょう。特に,(B)の見方をすれば,演算のもとで,

  「”写像 x ” は V*上の線形関数」

とみなすと主張することも可能です。

  このような対称性を視覚的に強調するために,ベクトルの成分の添え字を xn と上に書いたり,関数を展開するときの基底を ej と書くような工夫が凝らされているのです。なぜ,ベクトルやベクトル成分の添数字を上付きにするような記法が存在するのか分かっていただけたでしょうか?

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