8 2階テンソル
f-denshi.com  [目次へ] 最終更新日:18/11/05 間違いの訂正と(2)を追加しました
サイト検索

1. 2階テンソルのいろいろ

[1] 2階テンソルは双線形関数(双線形作用素)を用いて定義することが本質的です。しかし,応用でよく見かける2階テンソルは必ずしもそのような形で明示されているとは限りません。多くの教科書 (特に工学・物理) では座標変換(基底変換)に対して成分が前ペ−ジで導いたテンソルの座標変換規則,

T'jk=ΣsΣt psjptkTst
[ 共変テンソルの座標変換 ] ⇔ ベクトル変換 x'j = Σ pkjxk
T'jk=ΣsΣt qjsqktTst
[ 反変テンソルの座標変換 ] ⇔ ベクトル変換 x'j = Σ qjkxk
T'jk=ΣsΣt qjsptkTst
[ 混合テンソルの座標変換 ] 

と同じように変換されること (=テンソル変換を受けるといいます。) を2階テンソルの定義としています。ここでは次のiいずれの写像も2階テンソルとして座標変換を受けることを確認してみましょう。

(1) T: V ×V⇒ R (2) T: V*×V ⇒ R  (3) T: V ⇒ V (4) T: V ⇒ V
ベクトルxy
⇒ スカラーT(x,y )
ベクトルxy
⇒ スカラーT(x,y )
ベクトルx
⇒ ベクトルT(x )
ベクトルx
⇒ ベクトルT(x )
T(x,y )=Tjkxjyk
Tjk≡T(ej,ek)
T(x,y )=Tjkxjyk
Tjk≡T(ej,ek)
T(x ) =Tx =Tjkxk
T(ek)=Σ Tkej
T(x) =a(bx ) =ajbkxk
Tjkej・T(ek)=ajbk
共変テンソル
双線形性
混合テンソル
双線形性
混合テンソル
線形性 
混合テンソル
線形性 




(1),(2) 双線形写像

(1),(2)は,双線形写像に基づいたオーソドックスな2階テンソルの定義で,具体例としては,このTを二つのベクトルからある実数値を対応させる内積の計算をイメージすれば分かりやすいでしょう。内積の場合は双線形写像Tは計量テンソルと呼ばれます。(1)では,2つのベクトルの基底がともにVの元と考えているのに対して,(2)では,VとV*からとっています。(1)は2階共変テンソル(0,2)型とも言います。(2)は2階混合テンソル(1,1)型といいます。結晶構造解析では,V,V*をそれぞれ,格子空間,逆格子空間と呼んで,回折理論を簡明に記述するための中核的な役割を果たしています[#]

これらの場合,縮約「 Tjkxjyk,および,Tjkxjyk 」 とは,2つの変数,xyに対応する関数値 T(x,y ) を求めるプロセスに相当していることになります。

(1)において,添え字を上下すべて逆した双線形写像を考えることもできますが,その場合,Tjk2階反変テンソル(成分)といい,(2,0)型とも言います。

双線形関数として,3次元ベクトルの内積を具体例として書いておくと,

(x,y )= Tjkxjyk (0,2)型 = g11x1y1+g12x1y2+g13x1y3g13
        +g21x2y1+g22x2y2+g23x2y3+g31x3y1+g32x3y2+xg33x3y3
Tjkxjyk (1,1)型 = x1y1+x2y2+x3y3          ( gjk=δjk なので )
Tjkxjyk (2,0)型 = g11x1y1+g12x1y2+g13x1y3
          +g21x2y1+g22x2y2+g23x2y3+g31x3y1+g32x3y2+xg33x3y3

のように基底の選び方で,3つの型の縮約で表現できます。



(3)線形写像(行列)の座標変換

[2] ベクトル空間 V から V への線形写像(線形作用素) T : [ベクトルx ∈V  ⇒  ベクトルy  ∈ V ] :

y =T(x ) 

も2階テンソルとなります。これは,V の{e1e2e3 }に対して,

T(e1)=T11e1+T21e2 +T31e3
T(e2)=T12e1+T22e2 +T32e3
T(e3)=T13e1+T23e2 +T33e3

のようにテンソル成分 Tjk を定義すれば,写像T,

T: x = x1e1+x2e2+x3e3 x1    ⇒   y = y1e1+y2e2+y3e3 y1
x2 y2
x3 y3

は行列の演算規則を使って,

y = T(x )
   =T(x1e1+x2e2+x3e3)
   =x1T(e1)+ x2T(e2)+x3 T(e3)
  = x1(T11e1+T21e2+T31e3 )+x2(T12e1+T22e2+T32e3)+x3(T13e1+T23e2+T33e3)
  = x1 T11 +x2 T12 +x3 T13
T21 T22 T23
T31 T32 T33
  = x1T11+x2T12+x3T13
x1T21+x2T22+x3T23
x1T31+x2T32+x3T33
  = T11 T12 T13 x1  = Tx      [座標変換前
T21 T22 T23 x2
T31 T32 T33 x3

と書けます。 ただし,T は Tjk を j 行 k 列成分とする正方行列。

 

さて,新しい正規直交基底への座標変換によって, y → y ', x →x ' , T → T', ただし,

y'= T'x '  [座標変換後]

と表せるとします。いま,座標変換を,xPx'   すなわち,Pの逆行列Qを用いて,x' =Qxy' =Qy  とすれば,これらを[座標変換後]に代入し,左からPをかければ,

QyT'Qx  ⇒ y =PT'Qx  

となります。これを座標変換前と比較すれば,

行列の座標変換式:

      TPT'Q  または, T' = QTP     ( xPx' ,QP-1)

でなければならないことがわかります。これを成分で書く[#]と,  

Tjk =pjsT'st qtk =pjsqtkT'st   または, T'jk= qjsptkTst

となり,Tjkは混合テンソル変換を受けることがわかります。

そして,2階テンソルがベクトルをベクトルに対応させる線形関数を表す場合の縮約「Tikxk」とは,線形関数T(x)の像であるベクトルのj番目の成分を与えていることが分かります。


(4)テンソル積の座標変換

[3] テンソル積の定義

2階テンソルは次に述べる (1階テンソル=ベクトルの) テンソル積によってもつくられます。テンソル積とは,ベクトルab ∈V が与えられたとき,
写像 T: x → y を,

y = T(x )=a(bx )

と定義するとき,この写像 T(x ) を

a b(x )

と書いて,「 ベクトルabテンソル積 」と定義します。これは行列,ベクトルの演算で具体的に表すと,

T(x ) =a (bx )= a1 (b1x1+b2x2+b3x3)= a1 (b1,b2,b3) x1
a2 a2 x2
a3 a3 x3
         = a1b1  a1b2  a1b3 x1 Tx
a2b1  a2b2  a2b3 x2
a3b1  a3b2  a3b3 x3

と書くことができます。これは,

Tjk≡ajbk

を成分とする行列 T による線形写像であることを意味しています。これがテンソル変換を受けることはベクトルの座標変換が,

ajΣspjsa's および,   bk Σt qtkb't

で与えられるとき,

(Tjk=)  ajbkΣs pjsa'sΣtqtkb'tΣsΣtpjsqtka'sb't    (=ΣsΣtpjsqtkT'st)

に従って座標変換されることからわかります。これはTが反変ベクトル変換と共変ベクトル変換が混じりあった混合テンソル変換を受けることを示しています。

ここで,縮約 「ajbkxk」 は,ベクトルabによって定められるベクトルからベクトルへの線形写像のベクトルxの像T(x)の j 成分です。(3)との違いは,(4)は必ずaの方向を向いたベクトルであることです。


さて,ここまでの話をまとめると,(1),(2)のテンソルTjk,Tjkは双線形関数として,(3),(4)のテンソルは線形関数として働いているように見えます。

すると,2階テンソルの本質は双線形関で数であるという主張と矛盾しているように感じられます。

ところが,(3),(4)は2階テンソルがベクトルに作用した結果はスカラーではなく,ベクトルとなっていることに注意しなければなりません。さらにベクトル空間と双対空間の対称性からベクトルを線形関数と見ることもできるのでした。

すると,(3),(4)の結果であるベクトルを関数とみなして,それらをさらにベクトルyに作用することもできます。成分で表すと,

(Tikxk) yj    →  スカラー
(ajbkxk) yj  →  スカラー

以上のことをふまえると (3),(4) の2階テンソルは本来2つのベクトルに作用できるところを一つのベクトルだけに作用させて,そこで留め置いておくという計算をしているとみなすことができます。つまり,双線形関数のややトリッキーな使い方になっているわけですが, (3),(4) のテンソルが双線形性を備えていることには変わりないことは理解できますね。


補足:

量子力学では反変ベクトルを,

ケット =|a>= a1 a  [縦ベクトル]
a2
a3

共変ベクトルは,

 ブラ =<b|=(b1,b2,b3)=b  [横ベクトル]

のように書きます。量子力学では一般に複素数を成分とするベクトル空間(=ユニタリ空間Cn)で考えて,縦ベクトルを横ベクトルに書き換えるときは複素共役をとる必要があります[#]。この表記では,添え字の上下はベクトルの縦横の向きから判断できるので普通は表記はしませんが,ここでは反変,共変ベクトルとの対比のために付けています。

もし,この表記において成分を実数とするユークリッド空間に制限,すなわち,ab∈V=Rn とすれば,ブラとケットはベクトル成分を縦に並べるか横に並べるかだけの違いでしかありませんが,ケット空間をベクトル空間V ,それと同型なブラ空間を双対ベクトル空間V* とみなすと,|a>はV上のベクトル変数,<b|は,VからVへの線形写像とみなすこともできます。(|a>∈V,<b|∈V*ということ。)

すると,ブラ-ケットの順の計算は次のようになり, <b|と|a>との縮約 (またはb*aとの内積) を計算することに相当します。(ここで,b*は,b1,b2,b3の複素共役,b*1,b*2,b*3 を縦に並べたベクトルです。)

(b1,b2,b3) a1 =b1a1+b2a2+b3a3  [スカラー]
a2
a3

この計算から内積とはベクトルa を線形写像b によって,あるスカラーに対応させることと理解できます[標準同型対応]。

一方,ケット-ブラの順の計算(テンソル積)は,

a><b|= a1 (b1,b2,b3) = a1b1  a1b2  a1b3    [2階テンソル]
a2 a2b1  a2b2  a2b3
a3 a3b1  a3b2  a3b3

となり,先程本文中で計算したとおりの2階テンソル(行列)を与えます。この行列を例えばケットc>∈V に作用させると,一般に異なるケット|a><bc=<bca を生成します。つまり,|a><b|はVからVへの線形写像を与えてます。

つまり,1階テンソルであるベクトル空間Vとその双対ベクトル空間V*から1つずつ元をとって,内積をとれば,0回テンソルが得られ,テンソル積をとれば,2階(混合)テンソルが得られることを上の計算は示しています。

そして,このようにして得られた2階混合テンソルを(1,1)型の2階テンソルと呼びます。


[目次へ]



テンソルに関数 Q&A

Q:縮約とは要するに何をしてるのですか?

一般論としては,ベクトルを変数とする(n重)線形関数の計算を実行して,スカラーを返すという計算をしていることになります。添え字の上下のどちらかをベクトルと見れば他方は線形関数とみなせるのでした。ただし,高階のテンソルである場合は,1回の(1つの添え字の)縮約で,ただのスカラーになるのでなく,ベクトルやテンソルの成分」となります。特殊な場合として,1階テンソル(=ベクトル)の場合は,縮約は内積を計算することに相当します。

基底に着目して,2次元ベクトルAB の内積で示すと,

AB =(A1e1+A2e2)・(B1e1+B2e2) 
       =A1B1g11+A1B2g12+A2B1g21+A2B2g22  ← ただの内積

AB = (a1e1+a2e2)・ (b1e1+b2e2) 
       =a1b1g11+a1b2g12+a2b1g21+a2b2gj22   ← ただの内積

AB =  (A1e1+A2e2)・(b1e1+b2e2) 
       =A1b1+A2b2    ( ∵ ejek = δjk)     ← 縮約

ただの内積では,計算結果のスカラーの表現には基底のとり方に依存する計量 gjkejek ,gjkejek が必要ですが,縮約による場合はこれらが不要なのです。スカラーは基底の取り方に関係なく決まる量なので,縮約を使った計算はとても合理的・スマートなのです。


Q:添え字の上げ下げとはいったい何をしているのですか。

内積による同型対応が与えられているとき,(要するに普通の物理や幾何学に出てくるテンソル),考察の対象である一つの空間に基底と相反基底(=双対基底)の2通りの「基底」が用意され,ベクトルやテンソルはどちらかの「基底」を選んで表されます。計量テンソルを用いて,添え字を上下させているのはこれら2つの特殊な基底の間の基底変換をしていることに相当します。ここで特殊なと言っているのは基底変換は一般的には無数考えられるのですが,基底に対して唯一定まる双対基底との間の基底変換に限るので特殊と言っています。1階テンソル (=ベクトル) の場合で示すと,)

xj = gjkxk  計量テンソルで指標を上げる

xj = gjkxk  計量テンソルで指標を下げる

x'j = pkjxk  一般的な座標(基底)変換

x'j = qjkxk   一般的な座標(基底)変換

↑ どれも同じ形式をしてるでしょ。


Q 物理で見かけるテンソルと表記や意味が何か違う気がするのですが?

ここではベクトル(テンソル)空間について話していますが,物理で見かけると言われるテンソルは,正確にはベクトル(テンソル)場のことを言っているのだと思います。ベクトル場と,「場」がつくとと難しそうですが,空間の各点にベクトル(空間)が配置された空間がベクトル場です。

具体的な例をあげると,ある時刻の世界中の地表の風向きを記録した気象データはベクトル場です。世界の各地点で東西南北を示すための2次元ベクトル空間が配置されていると考えることができますよね。もし,各地点の雨量を記録したものならば,それはスカラー場になります。

きちんと説明するには多様体やリーマン幾何学などの知識が必要となりますが,ここでは,ベクトル空間とベクトル場のベクトル(テンソル)座標変換についての比較表を紹介しておきます。

ベクトル空間
ベクトル空間 V 双対空間 V*
基底  ej 基底  ej



e'j=pijei
共変的とする基準
ej=qije'i e'j=qjiei
ej=pjie'i




x'j=qjixi xj=pjix'i x'j=pijxi
xj=qijx'i

ベクトル場
接空間 余接空間
基底   
∂xi
基底   dxj
数学(多様体)における表記例  



= ∂xi
∂yj ∂yj ∂xi
= ∂yi
∂xj ∂xj ∂yi
dyj= ∂yj dxi
∂xi
dxj= ∂xj dyi
∂yi



ηj= ∂yj χi
∂xi
χj= ∂xj ηi
∂yi
gj= ∂xi fi
∂yj
fj= ∂yi gi
∂xj
  物理における表記例



= ∂xi
∂x'j ∂x'j ∂xi
e'j= ∂xi ei
∂x'j
= ∂x'i
∂xj ∂xj ∂x'i
ej= ∂x'i e'i
∂xj
dx'j= ∂x'j dxi
∂xi
e'j= ∂x'j  ei
∂xi
dxj= ∂xj dx'i
∂x'i
ej= ∂xj  e'i
∂x'i



x'j= ∂x'j  xi
∂xi
xj= ∂xj  x'i
∂x'i
x'j= ∂xi  xi
∂x'j
xj= ∂x'i x'i
∂xj
緑=反変的 赤=共変的 
元の座標系Σの座標 (xi), 新しい座標系Σ’の座標=(x'i)
qij は pij の逆行列,  |ej|≠1でも構わない

ベクトル空間とベクトル場での記号の対応

ベクトル空間 対応 ベクトル場
pij
∂xi 
∂x'j
qij
∂x'i 
∂xj
ej
∂xj
ej dxj
xj xj ,χj
x'j x'j ,ηi
xj xj ,fi
x'j x'j ,gj
x'j ∂x'j  xk
∂xk
ηj ∂yj χk
∂xk