1 環・体の定義
f-denshi.com  最終更新日: 21/7/26
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 群では集合の元に対して同時に1種類の演算しか定義されていませんでしたが,これからは同時に2種類の演算が定義された代数の体系を取り扱っていきます。最初に環,整域,体の定義と相互の関係について述べ,いくつかの具体例を示します。

1.環と体の定義

[1] 2種類の演算が定義される代数の体系の呼び名,それに関係した用語を理解しましょう。まず,2種類の演算を含む代数の中でもっとも規則が少ない代数であるの定義をのべます。

定義 [環 (R,+,×) ] 

 集合 R に属する任意の2つの元からなる順序のついた対 (a,b) を R に属する一つの元 c に対応させる2種類の演算 + と × が定義されており,次の6つの条件を満たすとき,これをといい,(R,+,×) と書きます。

 「+に対して」
(1)[結合法則]
   R の任意の3つの元 a,b,cに対して,a+(b+c)=(a+b)+c が成り立つ。

(2)[零元の存在]
   R のすべての元 a に対して,a+0=a となるような元 0 がR の元の中に存在する。    

(3)[マイナス元の存在]
   R のすべての元 a に対して,a+b=0 となるような元 b が R の元の中に存在する。
         ( a のマイナス元を −a としばしば書きます。)

(4)[交換法則]
   R の任意の元 a,b について,a+b=b+a が成り立つ。

 「×に対して」
(1')[結合法則]
   R の任意の3つの元 a,b,c に対して,a×(b×c)=(a×b)×c が成り立つ。

 「+,×に対する分配法則」
(5)[分配法則]
   R の任意の元 a,b,c について,a×(b+c)=a×b+a×c , (b+c)×a=b×a+c×a が成り立つ。

となります。演算+を加法,×を乗法と呼びます。  

[2]  さらに,環の定義に加えて,乗法について交換法則

(2')[交換法則] 「×に対して」

   R の任意の元 a,b について,a×b=b×a

が成り立つ場合を可換環といいます。

[3] また,環の定義に乗法についての単位元

(3')[単位元の存在] 「×に対して」

   R のすべての元 a に対して R に属する元 1が存在して,a×1 = a

が存在するものを,1 (単位元) をもつ環といいます。そして(2'),(3')が同時に成り立つときは1をもつ可換環といいます。

1をもつ可換環 とは,

「整数の集合が閉じているように加・減・乗の演算を導入したもの」

と言うことができます。整数全体の作る環は整数環,または有理整数環と呼ばれます。

他には,Z[i ]={ x+i y|x,y ∈Z }で表されるガウスの整数環などがよく調べられています。

「 1をもたない環 」 は偶数の集合に通常の整数の足し算掛け算をイメージし,さらに可換でもないタダの環は偶数を要素にもつ正方行列の集合に通常の行列の足し算,掛け算をイメージすればよいでしょう。

[4] 上のすべての条件 (1をもつ可換環) に加えて,

(4')[逆元の存在] 「×に対して」

   R の 0 を除くすべての元 a に対して,a×b=1 となるような元 b が R の元の中に存在する。

とき,これをといい,しばしば,F と書きます。そして a の逆元 b はしばしば a−1 と書かれます。
(一般的に逆元をもつ元のことを可逆元といいました [#]。) 

簡潔に述べると体 F とは,有理数をイメージした集合であって, 

定義  [体(F,+,×)]

  集合 F      → 加法に関して可換群,
  集合 F−{0} → 乗法に関して可換群

となる加法,乗法の定義された集合のことです。 

[5] 以上のことをまとめると次の一覧表になります。

-   -

可換群 加法群

可換環

1
をもつ環

1
をもつ可換環

整域


(1) (a+b)+c=a+(b+c)   [結合法則] *

*

*

*

*

*

*

(2) 0+a=a+0=a [零元] *

*

*

*

*

*

*

(3) −a+a=a+(−a)=0  [マイナス元] *

*

*

*

*

*

*

(4) a+b=b+a  [交換法則] *

*

*

*

*

*

*




(5) a・(b+c)=a・b+a・c
   (b+c)・a=b・a+c・a
[分配法則]

*

*

*

*

*

*


(1') (a・b)・c=a・(b・c) [結合法則] * *

*

*

*

*

*

*

(4') a・b=b・a [交換法則] *

*

 

*

*

*

(2') 1・a=a・1=a [単位元] * * *

*

*

*

(5') a・b=0 ⇒
            a=0 または b=0
[零因子なし]

*

*

(3') a−1・a=a・a−1=1 (a≠0) [逆元] * *

*

注意: 可換群はアーベル群とも呼ばれますが,乗法の記号×(または ・ ) を加法の記号+に代えて,加法群と呼ぶこともあります。つまり,群としては,「可換群」=「加法群」。

[6] ここまでに述べなかった整域 D については, 

定義 [整域(D,+,×)]

整域とは 1 を持つ可換環であって,0 以外の元 a∈D が零因子でない。 
  

と定義されます。 零因子については14.を参考にしてください。



2.環,体の具体例

[1] いくつか簡単な例をあげます。( とはいっても下の例が本家本元で上の定義はそれを抽象化したものです。)

(1) 整数全体の集合Z は普通の加法,乗法のもとで,可換環であり,整域でもあるが,ではない。(逆元が必ずしもない。)
(2) 複素数を成分とする正方行列全体の集合は通常の行列の加法,乗法のもとで1をもつであるが,整域ではない。
(3) 剰余類の集合Zn可換である。

(3)は特にn が素数 p であるならば,Z/pZ (Zp) は整域であり, ( p元体と呼びます) でもあります。すなわち,

(4) 剰余類の集合Zpである。(p:素数)(素数を英語で,primary number といいます。)

一般的に Zp が体であることを明確に示すために Fp という記号が使われます。

(5) 多項式環 F[x]={(f(x),+,×)|Fの元を係数にもつ多項式全体に通常の多項式の和,積が定義されている。}[#]

[2] 一般に,有限集合を考えるときは,

命題

有限集合
が整域ならば,それは(有限)体である。

が成り立ちます。一方,この逆の

命題

体ならば,整域である

はいつでも(有限でなくても)成り立ちます。(一覧表をみてください。)これは,「a が零因子ならば,逆元をもたない」の対偶,「逆元をもつならば,零因子でない」 が 0 以外のすべての元で成り立つからです。

[3] 整域の重要な特徴として,簡約法則をあげておきます。すなわち,

命題

整域 (または体)R ならば,a≠0 に対して,
ax=ay  ⇔ a(x−y)=0  x−y=0 ⇔ x=y

と計算することできる。ただし,a,x,y ∈ R

の ⇒ 方向への計算を,「a を簡約する」といいます。要するに整域ならば,a と (x−y) のどちらかが 0 なので,a≠0 と分かっているならば,(x−y) の方が必ず 0 ということです。

整域には,”逆元” は存在しなくてもよいのですが,”整除”を考えることができます。a,b を整域 R の元とするとき,

「a が b を整除する( = 割る,割り切る)」 

ということを、

「ax = b を満たす x ∈R が存在する。」

こと定義します。 いわゆる割り算 b/a の値が R の中に存在するという意味合いです。これを

a|b

と表わします。そのとき,

「a は b の約元である」,あるいは,「b は a の倍元である」

ともいいます。そして,

「乗法の単位元 1 を整除する ( ax=1 を満たすx が存在) 元 a を環の単元(=可逆元?)

といいます。

(a) 整数環Zの単元は,±1 である。

(b) ガウスの整数環 Z(i ) の単元は,±1と±i である。

(c) 体Fの単元は,0以外すべての体Fの元である。(体に対しては可逆元という方が馴染むような)


[4] 

整域 R の零元 でも単元 でもない元 a を単元でない b,c∈R を用いて,

a = bc    b,c ∈R

と表すことができないとき,言い換えると,b,c のいずれかが必ず単元であるならば,a を既約元という。

a,b ∈R が単元 u との積で,

a = ub

と表されるとき,a と b は同伴であるといいます。互いが互いを割り切ることができるともいえます。整数環であれば,m と -m は同伴です。

p (≠0,1)∈R が任意の積 ab ∈R を整除すれば,必ず p は, a または b の約元であるとき,p を素元という。

既約元と素元との重要な関係として,

整域において素元は既約元となる。 素元 ⇒ 既約元

  (注意) 整域でないときは,逆は成立しない。


素元の概念は整数環 Z における素数の概念の一般化になっています。ただし,整数環の素数との違いがあります。

整数環であれば,もし,素数 (=素元) 3 が mn を割れば, 必ず 3 は m か n のどちらかの約元です。そして,3=(-1)×(-3) のように 3 が 2つの元の積で表されるときは,いずれか一方は必ず単元 ( -1か1 ) なので既約元です。つまり,

素元 ⇔ 既約元          [ 整数環 ]

です。ところが,一般の環については,

素元   →〇 既約元      [一般の環]
×←

という関係があります。つまり,既約元だからといって,素元とは限らないのです。

例えば二次整数環 Z[i√5]={ m+n i√5|m,n∈Z } を考えると, ← これはPID [#] ではない

(1±i √5 ) は環 Z[i√5] において既約元ではあるが素元ではありません。

9 = (1+i √5 )(1−i √5 )

となることを考えると,3 は (1+i √5 )(1−i √5 ) (=9) を整除するが, (1+i √5 ),(1−i √5 ) のどちらも整除しないので,環 Z[i√5] において 3 は素元 [#] ではありません。しかし,3は環 Z[i√5] において既約元です。 ∵ m2+5n2=3 が整数解をもたないことが示せる。

[5] 整域である整数の集合を拡張して(逆元をもつ)体を作るには,整数を組み合わせて,いわゆる分数 (=(整数)/(0を除く整数))の集合を考えます。この体は有理数体Qと呼ばれます。

(5) 有理数の集合Qは体である。

最後にもうひとつ,

定義

体の全ての元 a に対して,ma=0 である正の整数 m≠0 が存在するとき,そのうちで最小のm をその体の標数という。

例えば,p元体 [#] の標数は p です。また,有理数体 Q の場合は定義どおりの m は存在しませんが,標数を 0 と定めます。他には,実数,複素数からなる体の標数も 0 です。

 

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