16 ヘスの法則
f-denshi.com  最終更新日: 21/09/02
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[1] 質量作用の法則 [#] によれば,可逆的な化学反応が起こり得る多成分系を放置して化学平衡状態に到達させたときの組成は,各成分 j の「純粋状態」の化学ポテンシャルμj0 を用いて計算できるΔrG0 から予測可能なことがわかりました。さらに,純物質の標準化学ポテンシャルが,μj0 = hj0−Tsj0 と書けることを思い出すと,

ΔrG0 = ΔrH0−TΔrS0             

と分離して書くことも可能です。ただし,

ΔrH0νj hj0   標準(反応) エンタルピー(変化)   (1)
ΔrS0νj sj0   標準(反応) エントロピー(変化)   (2)

を定義しています。これらの量に対して,”標準”という用語が当てられる理由は,約束ごととして,一つの温度,圧力,25 ℃,1 atm (または1 bar =105 Pa が推奨されることもある) を”標準状態”と定め,上記の熱力学パラメーターを報告,編集するよう推奨されているからです。

化学反応に伴う標準反応エンタルピーは化学反応熱とも呼ばれます。なぜならば,エンタルピーを定義したときに述べたように,圧力一定の条件下で系に出入りする熱量とそのときの系のエンタルピー変化については,d’Q = dH が成り立つ [#] からです。(つまり,”過程の量” を ”状態量” にすり替えられる!) したがって,化学反応,

3H2 (g) + N2 (g)

2NH3 (g)    [アンモニアの生成反応]
[反応系] [生成系]

に伴うエンタルピー変化が −91.8 [kJ] であれば,

3H2 (g)+N2 (g) → 2NH3 (g) , ΔrH0 = −91.8 [kJ]  (3)

または,等号を用いて,

3H2 (g)+N2 (g) = 2NH3 (g) +91.8 kJ  ←発熱量=-d’Q 書く (4)

と書かれます。熱力学では,系が熱 d’Q=dH を受け取るときの符号を正と定義していますから,熱化学方程式に書き込まれている(4)式の熱量の符号がΔrH0 と逆になることに注意してください!

[2] このような化学反応に伴う熱の吸収,放出は原子の組み換えによる分子のもつ静電ポテンシャルエネルギーの変化に主なる原因があります。(4) 式は記載どおりの化学反応式に対する表記ですが,熱化学においては利便性を考え,

標準状態にある単体と呼ばれる1種類の元素から成る物質だけを反応物とし,1モルの化合物が生成される反応を生成反応と呼び,そのときのエンタルピー変化を標準生成エンタルピー(=生成熱) と定義

しています。アンモニア生成反応を例にとると,

3 H2 (g)+ 1 N2 (g) = NH3 (g) , ΔrH0 =−45.9 [kJ]  (5)
2 2

のように生成物であるアンモニアの化学量論係数が1となるように表記します。左辺の水素,窒素については,どちらも標準状態で気体ですから,この式はアンモニアの生成熱を与えます。

生成熱の定義において,「反応物はすべて単体である」ことが定められていますが,これは応用上たいへん重要なヘスの法則(Hess’s Law) を活用する際の利便性を考慮してのことです。

ヘスの法則とは,反応熱 (標準生成エンタルピー) は圧力一定条件下では状態量であるエンタルピー変化と関連付けられ,

「反応熱は最初と終わりの状態を指定すれば一意的に定まる。」

というものです。 さらに,反応系の化合物を単体に制限すれば,特定の化合物の生成熱は一意的に定まることになります。

系の始状態と終状態を指定すれば,その差が一意的に定まるということは,各化合物ごとにエンタルピーの相対的な値を一つ割り当てられるということでもあります。下図参照)

アンモニアの標準生成エンタルピーは
反応系のもつエンタルピー(状態量)と
生成系=アンモニアのもつエンタルピー(状態量)
の差とみなすことができる。

[3] この法則に従えば,実際に測定を行うことなく,目的とする化学反応の反応熱を計算から推測することが可能な場合があります。(適当なデータがあれば)例えば, 1モルのメタンが完全に酸化される,

CH4(g)+2O2(g) = CO2(g)+2H2O(l) +Q kJ     (1)

と表されるメタンの燃焼反応の発熱量 Q (=燃焼熱) を知りたいとします。このとき,次の3つの化合物の生成熱を与える熱化学方程式,

C(黒鉛)+O2(g) = CO2(g)+393.5 kJ          (2)
H2(g)+ 1 O2(g) = H2O(l)+285.8 kJ        (3)
2
C(黒鉛)+2H2(g) = CH4(g)+74.9 kJ         (4)

が既知であるならば,代数方程式を解く要領で,

(1)(2)(3) × 2 − (4)

が成り立つことが示されます。そのときの熱収支の計算部分を抜き出すと,

Q = 393.5 + 285.8 × 2 − 74.9 = 890.2 kJ       

と計算することができます。

標準状態という制約はありますが,生成熱を与える熱化学方程式の加減算だけで,(1) に従うメタンの燃焼熱を算出することができました。このような計算が容易に行えた理由は,ズバリ,反応系の化合物がすべて単体であることが大きく関係しています。そのために目的とする熱化学方程式に不要な項が容易にキャンセルアウトしたのです。

人類の関わる化合物は何百万,ウン千万?以上存在しています。そのような中で,できる限り数少ない熱化学方程式 (のデータベース) の組み合わせから未知の反応熱を推計するためには,生成反応における反応系の物質を標準状態にある単体に限定し,データベース化することは,実に理に適っている約束事なのです。



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