| 9 純物質の2相平衡 | ||
| f-denshi.com [目次へ] 更新日: 08/05/01 | ||
これまで熱力学状態の説明にもっぱら均一系を取り上げてきましたが,これからはいくつかの均一な系が複数集まって平衡状態にある不均一系も考察の対象に加えていきましょう。均一な系一つ一つを相といいますが,熱力学の言葉では,「示強変数が(空間的に)連続的に変化する領域」として定義されます。たとえば,室温で水の上に水とは異なる物質,ヘキサンが浮かんで接触している場合は,水の相とヘキサンの相の2つからなる不均一系といえます。この2つの相の間では熱,体積などは交換しますが質量は交換しません。(お互いに交じり合わない)。
一方,水の中に同じ物質である氷が浮かんでいる場合も同じく2つの相からなる不均一系といえますが,この場合2つの相の間で質量(=水分子)の交換も起こりえます。
以上の前置きのもとで,もっとも簡単な1種類の分子しか存在しない不均一系の熱力学平衡について考えてみましょう。
[1] 純物質(=1種類の分子だけ含む)が2つの相 に共存して,熱力学平衡にある状況を考えます。例えば水蒸気と水 が容器の中で共存して入る状況を思い浮かべるとよいでしょう。
[(1)断熱条件下での熱平衡] まず,この系が体積V一定の断熱容器の中に孤立して存在している状況(1)を考えます。そのとき,この系に課せられている拘束条件は,k相(k=α,β)の物質のモル数をn(k),k相の内部エネルギーをk相にある物質のモル数n(k)で割った平均モル内部エネルギーをu(k),同様に求められる平均モル体積をv(k)とすると,
n=n(α)+n(β) =一定 ⇒ δn(α)+δn(β) = 0
U=n(α)u(α)+n(β)u(β)= 一定 ⇒ −n(β)δu(β) =δn(α)(u(α)−u(β))+n(α)δu(α)
V=n(α)v(α)+n(β)v(β)= 一定 ⇒ −n(β)δv(β) =δn(α)(v(α)−v(β))+n(α)δv(α)
と表されます。そして,孤立系に対する熱力学平衡条件をこの系に適用するために,この系の全エントロピー を考えます。相α,相βの1モルあたりのエントロピーをs(α),s(β)とすると,系全体のエントロピーは,
S=n(α)s(α)(u(α),v(α))+n(β)s(β)(u(β),v(β))
と書くことができます。その変分は,
| δS=s(α)δn(α)+s(β)δn(β)+n(α) | ∂s(α) | δu(α)+n(β) | ∂s(α) | δu(β)+n(α) | ∂s(α) | δv(α)+n(β) | ∂s(β) | δv(β) |
| ∂u(α) | ∂u(β) | ∂v(α) | ∂v(β) |
↓ 公式(9)’[#],δU=TδS−PδV,
| =s(α)δn(α)+s(β)δn(β)+ | n(α) | δu(α)+ | n(β) | δu(β)+ | n(α)P(α) | δv(α)+ | n(β)P(β) | δv(β) |
| T(α) | T(β) | T(α) | T(β) |
↓ 3つの拘束条件を用いて,
| =(s(α)−s(β))δn(α)+ | n(α) | δu(α)− | δn(α)(u(α)−u(β))+n(α)δu(α) | + | n(α)P(α) | δv(α)− | δn(α)(v(α)−v(β))+n(α)δv(α) | P(β) |
| T(α) | T(β) | T(α) | T(β) |
| = | 1 | − | 1 | n(α)δu(α)+ | P(α) | − | P(β) | n(α)δv(α)+ | s(α)−s(β)− | u(α)+P(β)v(α) | + | u(β)+P(β)v(β) | δn(α) | ||||||
| T(α) | T(β) | T(α) | T(β) | T(β) | T(β) |
[2] この最初2つの項から,
T(α)=T(β)=T
P(α)=P(β)=P
および,最後の項からは T(α)=T(β)=T なので,(δn(α))/Tで括ったその係数から,
s(α)T−u(α)−Pv(α)=s(β)T−u(β)−Pv(β) ⇔ g(α)=g(β) ← G=U+PV−STを参考に [#]
とかけます。ここで,gk は1mol あたりのギブス自由エネルギー(平均モル自由エネルギー)を意味していますが,より一般的には後に出てくる化学ポテンシャルμと呼ばれる概念を介して理解する必要があります。結局,断熱条件下で,一定空間内に閉じ込められている水と水蒸気が平衡に到達している場合の2相平衡条件は,
T(α)=T(β), P(α)=P(β), g(α)=g(β)
となります。
同じく水と水蒸気が熱平衡にある条件を,(2)等温等積,(3)等温定圧の拘束条件下での純物質の2相平衡条件についても,(1)と同様に求めて(演習問題),まとめると次表のようになります。
単一成分系の2相平衡
拘束条件 (一定にする変数) 2相平衡条件 (1)断熱条件
全粒子数
内部エネルギー
全体積n=n(α)+n(β)
U=n(α)u(α)+n(β)u(β)
V=n(α)v(α)=n(β)v(β)T(α)=T(β)
P(α)=P(β)
g(α)=g(β)(2)等温等積条件
全粒子数
全体積
温度n=n(α)+n(β)
V=n(α)v(α)+n(β)v(β)
T=T(α)=T(β)P(α)=P(β)
g(α)=g(β)
(3)等温定圧条件
全粒子数
圧力
温度n=n(α)+n(β)
P=P(α)=P(β)
T=T(α)=T(β)g(α)=g(β)
ここで,3種類すべての拘束条件下での2相平衡条件として,各相における1molあたりのギブスの自由エネルギーが等しい,すなわち,
g(α)=g(β) (← 純物質の時は,g(α)=μ(α))
という等式が共通してでてきますが,これは偶然ではありません。それには明快な理由があり,化学ポテンシャルと呼ばれることになる重要な概念の萌芽をここに見ていることになります。2つ以上の異なる成分(異なる分子)を含むもっと複雑な系についての熱力学平衡条件を考察するためには,化学ポテンシャルについてより正確な定式化を行う必要があります。それによって熱平衡条件としての化学ポテンシャルの重要性が明瞭なものとなります。しかし,先を急ぐ前にもう少し単一成分系について話を発展させておくのもよいでしょう。
[1] 系の温度,圧力などの熱力学変数を連続的に変化させた時にいくつかの性質(比熱,膨張率,電気伝導度,密度など)が不連続に変わることがあります。例えば,1atmにおかれた水の相を室温から100℃を超えて昇温させると水蒸気になり,密度や比熱は不連続的に大きく変わります。この現象を相転移といいます。熱力学変数P,T,V,(多成分系では組成も含める)を座標とするグラフにこの不連続点をプロットしたものを相図と言います。普通,相図は高次元空間(3次元以上)にある図形を何らかの工夫で平面に投影して表示されるので,その規則を理解しておく必要があります。
さて,2.で求めたように純物質の2つの相が液相と気相とで相平衡にあるとき,それぞれのモルあたりのギブス自由エネルギーは等しくなければなりませんでした。つまり,
g(液)(T,P)=g(気)(T,P)
の関係が成り立っていなければなりません。この関係を満たすような T と P を
T-P 平面に曲線として図示したも
のを蒸気圧曲線ともいいます。(液相,気相に限らず,異なる2相間に対する一般的な用語は2相共存曲線といいます。) 曲線という理由は,この条件式のもと,系の自由度が2から1つに減るからです。液相と気相の場合,その曲線を表す式をT,P,どちらを変数とみなすかによって,
沸点の圧力依存: T=Tb(P)
飽和蒸気圧の温度依存: P=P(T)
という2とおりの記述の仕方が存在します。
[2] ここでは2番目のT,P の満たす関係をきちんと求めてみましょう。
気-液曲線上の近い2点A,B のギブス自由エネルギーをそれぞれ,
g(液)(T,P) = g(気)(T,P) A点 ・・・・・(1)
g(液)(T+dT,P+dT) = g(気)(T+dT,P+dT) B点 ・・・・・(2)
とします。(右図参照)
(2)を1次の微小項まで展開して,
g(液)(T+dT,P+dT)=g(液)(T,P)+ ∂g(液) dT+ ∂g(液) dP ∂T P ∂P T
↓ 熱力学関数公式 [#]
=g(液)(T,P)−s(液)dT+v(液)dP ・・・(3)
g(気)も同様に展開して,
g(気)(T+dT,P+dT)=g(気)(T,P)−s(気)dT+v(気)dP ・・・(4)
この2式を辺々引いて,(1),(2)を用いると,微分量だけがキャンセルされずに残り,
(s(気)−s(液))dT=(v(気)−v(液))dP
書き直して,
dP = TB(s(気)−s(液)) = LB dT TB(v(気)−v(液)) TBΔvB
と書くことが可能です。ここで,
LB≡TB(s(気)−s(液))
↓ΔG=0 なので ΔH=TΔS ですね。
= h(気)−h(液)
=ΔhB (1モルあたりの気化エンタルピー変化(気化熱))
ΔvB≡(v(気)−v(液))
TB:沸点
を導入しました。この関係式をクラペイロン-クラジウスの関係式(または気液-共存曲線)といいます。
固-液共存曲線もまったく同様に,
dP = (s(液)−s(固)) = LM dT (v(液)−v(固)) TMΔvM
LM=TM(s(液)−s(固))=h(液)−h(固) (融解エンタルピー変化(融解熱),または凝固熱にマイナス符号をつけたもの)
ΔvM≡(v(液)−v(固))
TM:融点
となります。曲線を表す式はそっくりですが,一般に ΔvM は ΔvB に比べて非常に小さいので,固液曲線は気液曲線に比べて傾きが急激になっています。
固-気共存曲線もこれまでの取り扱いと同様なのはいうまでもなく,結果だけ示すと。
dP = (s(気)−s(固)) = Lv dT (v(気)−v(固)) TvΔvv
となります。ここで,
Lv=Tv(s(気)−s(固))=h(気)−h(固) (昇華エンタルピー変化(昇華熱)
Δvv≡(v(気)−v(固))
Tv:昇華温度
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では,各相の粒子数n(α),n(β)がどのようになっているのでしょうか?自由な値を取れるのでしょうか?先走った言い方になりますが,ギブスの相律[#]から,
f = r + 2 − (β) = 1+2−2 =1 (自由度) (成分の数) (相の数)
自由度は1となっており,n(α),n(β)は与えられた圧力,または温度が与えられると唯一の値として定まることは分かります。しかし,いま分かるのはそこまでです。この問題はまた後で議論します。