Appendix B3 複素誘電関数
f-denshi.com   [目次へ] 更新日:04/10/16
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[1] 本文中では,電場と均一な物質の分極の関係式において誘電率を係数のように扱いました[#]。これは静電場や電場の変動がきわめてゆっくりで,物質の応答が速やかであると仮定できるときだけに許されることです。質量をもつ実際の物質では電場の変動に対するすべての応答は常に遅れて起こり,分子の再配列に基づく分極も当然,遅れて発現することになります。したがって,ある時刻の分極 P(t) はそれより時間τだけ過去の電場 E(t−τ)と関係付けることによって初めて表現可能となります。

例えば,等方的な誘電体が時刻t=0 において突然(Δt のうちに)発生した外部電場,EE0 の中に置かれたとしましす。十分時間が経過した時刻 t=t2 においては分子や電子状態の再配列(分布の変動)が完了します。このとき,誘電体に誘起された分極P2について静電場におかれたときと同様な関係,P2E0が成り立つものとします。ところが,分子の再配列が完了していない時刻 t=t1 の状況を考えると,分極の大きさはまだP2より小さなP1でしかないはずです。したがって,その時刻の電場E0に対しては,P1≠χE0であって,正しくは電場がかかるΔtの間の時刻におけるもっと小さな電場E’に対応させないと,P1E’のような関係式は満足しません。

[2] 電場が時間とともに激しく変動する場合は,ある時刻 t における分極 P(t)は過去のさざまな時刻における電場 E(t’)の影響が積み重なっており,その重ね合わせ,すなわち,電場のたたみ込み積分⇒[#]でを用いて,

  P = χrε0E (静電場中) ⇒   P (t) ≡ ε0  E ( t−τ)G(τ)dτ (変動電場中)・・・ [*] 

と一般式を表すのがよいでしょう。ここで,G(τ)はτ>0 においてのみ 0 でない値をもちうる線形関数で応答関数と呼ばれます。電場の変動に対して分極P (t)が遅れて応答する様子を再現するために辻褄が合うよう,G(τ)を用いて重み付けしているのです。

特に周期的に変動する電場に対しては,フーリエ変換,

E (t) = E(ω)・exp [−i ωt ] dω                  ・・・(1)
P (t) = P(ω)・exp [−i ωt ] dω                  ・・・(2)

を利用すると便利なことがわかっています。(1)式を [*] に代入すると,

P (t) =ε0 E(ω)exp [-i ω(t−τ) ]・G(τ)dτ
       = ε0E(ω)・ G(τ)exp [i ωτ ]dτ・exp [-i ωt ] dω

この式と(2)を比較して,

P(ω)=ε0E(ω)・ G(τ)exp [i ωτ ]dτ     ・・・(3)

を得ます。 

[3] この(3)式と時間応答を考慮しないときの分極と電場の関係:

P = ε0r 

と見比べて,(比)電気感受率複素誘電関数(または単に誘電関数)を,

χr(ω)≡ G(τ)exp [i ωτ ]dτ    [電気感受率] 

εr(ω) ≡ 1+χ r(ω)                          
           = 1+ G(τ)exp [i ωτ ]dτ [誘電関数] 

と定義します。すると,(3)式は,

P(ω) = ε0χ r(ω)E(ω)                ⇔  P = ε0χrE 

と書けます。さらに,

 D(ω) ≡ P(ω)+ε0E(ω)
          = ε0εr(ω)E(ω) ⇔ D = P+ε0E = ε0εrE と同じ形 

のように書くこともできます。つまり,周波数空間(ω-空間)で取り扱えば,電場,分極,電気変位 との間の関係は,時間的応答の遅れを考慮しないで得られた本文中の関係式 [#] とみかけが同じになります。

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たたみ込み積分の簡単な説明   17/10/28 追記

「たたみ込み」の考え方を,「離散的なたたみ込み」の例で説明します。

各時期に原発から放出された放射能が,


であることが分かっているとします。横軸は年代です。そして,放射能の半減期が h であるとする,すなわち,下図,


で放射能の減衰特性(応答関数)が与えられるとします。

このとき,t 年に存在する放射能は,下図の赤い囲みの中の放射能量を加算すればよいのですが,


その放射能P(t)の計算式は,

P(t)=E(t−9h)G(9h)E(t−8h)G(8h)E(t−5h)G(5h)
        +E(t−4h)G(4h)E(t−3h)G(3h)E(t−h)G(h)
  = E(t−nh)G(nh)

と表記することができます。

この離散的な関係式の連続的な極限を考えたものが,たたみ込み積分であって,

 P (t) =   E ( t−τ)G(τ)dτ 

と書き表すことができます。G(τ)は各イベント(事象)が起きてからの減衰を表すので,τ<0 ではゼロの値をとる関数です。また,積分区間が-∞<τ<∞ となっていますが,これはフーリエ変換を用いるために,形式的に積分範囲を広げただけでそれ以上の意味はありません。