320 ディラックの電子論
      自由粒子 
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1.ディラック方程式の導出

アイシュタインの特殊相対性理論が線形理論との整合性を考慮すると,(特殊)相対論的なシュレーディンガー方程式は線形微分方程式でなければならないと推測できます。

そこで,クラインゴルドン方程式を線形化することを試みます。具体的には,

線形演算子を

ih ih c α1 α2 α3 +α0mc2
∂t ∂x ∂y ∂z

とおいて,両辺を2乗したものがクラインゴルドン方程式の演算子 [#]

h2 2 φ(t,r)=−(ch)22φ(t,r)+m2c4φ(t,r)
∂t2
h2 2 =−(ch)2 2 2 2 +m2c4
∂t2 ∂x2 ∂y2 ∂z2

と等しくなるように係数 α0α1α2α3 の関係を決めてやるのです。すなわち,

αi21  ( i=0,1,2,3 )
αi ,αj} =αiαjαjαi0 ,( i≠j ; i,j =0,1,2,3 ) 反交換関係

を満足するαj を見つけてやればよいのです [#]。

これは通常の数でなく,4次の行列を用いて表現が可能であることが分かっています。

以下,結果をまとめると以下のとおりとなります。

ディラック方程式

ih ψ
∂t
  H ih c α1 α2 α3 α0mc2
∂x ∂y ∂z
ここで,ディラック行列が次のように定義されている。
α0 1 0 0 0 ,α1=  0 0 0 1  ,α2 0 0 0 -i α3=  0 0 1 0  
0 1 0 0 0 0 1 0 0 0 i 0 0 0 0 -1
0 0 -1 0 0 1 0 0 0 -i 0 0 1 0 0 0
0 0 0 -1 1 0 0 0 i 0 0 0 0 -1 0 0
   (注意: 方程式を満たすαi は一意的に定まるわけではない,上記はディラック表現。 )

成分表示

ih
∂t
ψ1 mc2 0
-ih c
∂z
-ih c i
∂x ∂y
ψ1
ψ2 0 mc2
-ih c i
∂x ∂y
ih c
∂z
ψ2
ψ3
-ih c
∂z
-ih c i
∂x ∂y
-mc2 0 ψ3
ψ4
-ih c i
∂x ∂y
 ih c
∂z
0 -mc2 ψ4

波動関数の成分の意味  (詳細は後で説明する ⇒ [#] )
ψ ψ1
ψ2
ψ3
ψ4
波動関数 静止エネルギー スピン
ψ1 mc2 h/2
ψ2 mc2 -h/2
ψ3 -mc2 h/2
ψ4 -mc2 -h/2
つまり,粒子(電子)はこれら4つの状態の重ね合せとみなされる。

ディラック方程式は連立方程式として,

ih ∂ψ1 = mc2ψ1ih c ∂ψ3 ih c i ψ4
∂t ∂z ∂x ∂y
ih ∂ψ2 = mc2ψ2ih c ∂ψ4 ih c i ψ3
∂t ∂z ∂x ∂y
ih ∂ψ3 =−mc2ψ3ih c ∂ψ1 ih c i ψ2
∂t ∂z ∂x ∂y
ih ∂ψ4 = mc2ψ4ih c ∂ψ2 ih c i ψ1
∂t ∂z ∂x ∂y

と書くこともできます。簡略化した表記では,

ih ψ=(α0mc2+cαp )ψ
∂t

ディラック行列は2次の単位行列 E,2次のパウリ行列 σi ( i=x,y,z ) を用いて表すと,

α0 E 0 α1 0 σx α2 0 σy α3 0 σz
0 -E σx 0 σy 0 σz 0

となります。ついでに,4次のパウリ行列の定義を書いておくと,

σ1 σx 0 σ2 σy 0 σ3 σz 0
0 σx 0 σy 0 σz
σ≡ (σ1σ2σ3)   ← σi を成分とするベクトルσ4×4  とも表す。
σiσj } = 2δij I     ( i,j =0,1,2,3 )

4元スピンの定義

s1
h
2
σ1 s2
h
2
σ2 s3
h
2
σ3

ディラック行列の性質を列挙しておきます。

まず,2次パウリ行列の復習

参考  2次パウリ行列の性質 (復習)

σx 0  1 σy 0 -i  σz 1  0
1  0 i  0 0 -1
0  0  E 1  0
0  0 0  1
計算
σx2σy2σz2E 
σxσyiσz , σyσx=−iσz など
計算規則  σ≡(σxσyσz) 
                 a ≡( a1,a2,a3 )   
        σa ≡σxa1σya2σza3 
        σiσj ] =σiσjσjσi 
        {σiσj } =σiσjσjσi 

(1)      trσk   =    0                 [トレース]
(2)   |σk|  =   -1                     [擬回転]
(3) [ σiσj ] = 2iεijkσk           [交換関係]
(4) { σiσj } = 2δij E               [反交換関係]
(5) (σa)2 = |a|2 E 
(6) (σa)(σb)=(ab) Eiσ・(a×b) [公式] Eはしばしば省略される

スピン角運動量とパウリ行列(2次)との関係

Sx
h
2
σx Sy
h
2
σy Sz
h
2
σz

ディラック行列の性質

(1) α02=α12α22α32I  ,または E とも書く)

(2) α1α2 =  iσ3 ,α2α3=  iσ1 ,α3α1=  iσ2   
   α2α1=−iσ3 ,α3α2=−iσ1 ,α1α3=−iσ2

γ1≡α0α1 0 σx γ2α0α2 0 σy γ3α0α3 0 σz
-σx 0 -σy 0 -σz 0
   α1α0 0 -σx     α2α0 0 -σy     α3α0 0 -σz
σx 0 σy 0 σz 0
γ0α0,       (γ0)2=(γ1)2=(γ2)2=(γ3)2 = -1, 
γ
iγj =−γjγi,  γ0γkγ0=(γk)
         (γk はガンマ行列と呼ばれるがここでは利用しない。)

(3) 反交換関係
   {αi  ,αj }  = 0               ( i≠j ; i,j =0,1,2,3 )
   {αkαk } = 2I                           ( k =0,1,2,3 )

(4) 交換関係
   [αiαj ] = 2i εijkσk       ( i,j =1,2,3   εijk:エディントンのε⇒ [#] )
   [α0αi ] = 2αi                   ( i=1,2,3 )

(5) 恒等式:  
   (a0α0+a1α1+a2α2+a3α3)2 = (a02+a12+a22+a32) I  


ディラック行列αと4次パウリ行列σとの交換関係

α0σiσiα0 σi  : i = 1,2,3 (左辺),=x,y,z (右辺)
0 -σi

α1σ1σ1α1α2σ2σ2α2α3σ3σ3α3

0 E
E 0
α2σ1=−iα3 ,σ1α2iα3 
α
3
σ2=−iα1 ,σ2α3iα1 
α1σ3=−iα2 ,σ3α1iα2 
[α0σ1]= 0 [α0σ2]= 0 [α0σ3]= 0
[α1σ1]= 0 [α1σ2]=2iα3 [α1σ3]=-2iα2
[α2σ1]=-2iα3 [α2σ2]= 0 [α2σ3]=2iα1
[α3σ1]=2iα2 [α3σ2]=-2iα1 [α3σ3]= 0

ディラックのハミルトニアンとの交換関係,

H ih c α1 α2 α3 α0mc2   [ディラックのハミルトニアン]
∂x ∂y ∂z

ハミルトニアンとの交換関係の公式

[Hσ1]=2h c α2 α3
∂z ∂y
[Hσ2]=2h c α3 α1
∂x ∂z
[Hσ3]=2h c α1 α2
∂y ∂x
[Hs1]=h 2c α2 α3 ihc(α2p3α3p2) 
∂z ∂y
[Hs2]=h 2c α3 α1 ihc(α3p1α1p3) 
∂x ∂z
[Hs3]=h 2c α1 α2 ihc(α1p2α2p1) 
∂y ∂x

ここで,Li = xjpk−xkpj として,

[HL1]=−h 2c α2 α3 =−ihc(α2p3α3p2) 
∂z ∂y
[HL2]=−h 2c α3 α1 =−ihc(α3p1α1p3) 
∂x ∂z
[HL3]=−h 2c α1 α2 =−ihc(α1p2α2p1) 
∂y ∂x

最後の交換関係だけ証明しておきます。

p1 ⇒ −ih

p2⇒−ih

p3⇒−ih

∂x ∂y ∂z

であることに注意して,

HL1 ihc α1 α2 α3 α0mc2 yp3−zp2
∂x ∂y ∂z
    = h2c α1 y 2 z 2 α2 (ip3/h)+y 2 z 2
∂x∂z ∂x∂y ∂y∂z ∂y2
                    +α3 y 2 −(ip2/h)−z 2 α0mc2L1)
∂z2 ∂z∂y
L1H yp3−zp2 ihc α1 α2 α3 α0mc2
∂x ∂y ∂z
    = h2c α1 y 2 z 2 α2 y 2 z 2
∂z∂x ∂y∂x ∂z∂y ∂y2
                    +α3 y 2 z 2 α0mc2L1)
∂z2 ∂y∂z

差をとると,水色と赤色の部分はキャンセルして,

HL1L1H=−ihc(α2p3α3p2) 



2.ディラック方程式の平面波解

平面波解(z方向に進む) p =( 0,0,p ) で表せるときの解を求めます。

ψ((t,r))= ψ1((t,r)) u1exp[ikz−iωt]
ψ2((t,r)) u2exp[ikz−iωt]
ψ3((t,r)) u3exp[ikz−iωt]
ψ4((t,r)) u4exp[ikz−iωt]
     =u ・exp [ikz−iωt]
     =u ・exp i p・z− i E・t               ・・・[**]      
h h
      p=hk ,E=hω

とおいて,u = ( u1,u2,u3,u4 ) を定めます。 

[**] を行列表現のディラック方程式

ih
∂t
ψ1 mc2 0
-ih c
∂z
-ih c i
∂x ∂y
ψ1
ψ2 0 mc2
-ih c i
∂x ∂y
ih c
∂z
ψ2
ψ3
-ih c
∂z
-ih c i
∂x ∂y
-mc2 0 ψ3
ψ4
-ih c i
∂x ∂y
 ih c
∂z
0 -mc2 ψ4

に代入し,微分を実行して,exp[ ]で割ると,

E u1 mc2 0 cp 0 u1
u2 0 mc2 0 -cp u2
u3 cp 0 -mc2 0 u3
u4 0 -cp 0 -mc2 u4

となりますこれは2つの2次の固有方程式に分離でき,それは,

E u1 mc2 cp u1    ←スピン上向きに対応
u3 cp -mc2 u3
E u2 mc2 -cp u2    ←スピン下向きに対応
u4 -cp -mc2 u4

となります。スピンとの関係については後ほど説明します。

上下どちらの固有方程式(二次方程式)を解いても,正と負の固有値,

E =± (mc2)2+(pc)2

を持つことが分かります。また,uの固有ベクトルは正,負の固有に対して,

u1 cosθ -sinθ    ←スピン上
u3 sinθ cosθ
u2 cosθ sinθ    ←スピン下
u4 -sinθ cosθ

ただし,θは次のように定義しています。

tan2θ= p
mc

(正接関数の倍角の公式を用いて確かめよ。)

したがってディラック方程式の固有関数は,

正のエネルギー状態

ψ+↑eipz−iEt/h cosθ     ,  ψ+↓eipz−iEt/h 0
0 cosθ
sinθ 0
0 -sinθ

負のエネルギー状態

ψ−↑eipz+iEt/h -sinθ     ,  ψ−↓eipz+iEt/h 0
0 sinθ
cosθ 0
0 cosθ

特に静止している,p=0 のとき,θ=0,E0=±mc2 (=hω0) として,

ψ0+↑ eiω0t  , ψ0+↓ 0  ,ψ0−↑ 0  , ψ0−↓ 0
0 eiω0 0 0
0 0 eiω0 0
0 0 0 eiω0



以上で数学的な説明は終わりですが,この結果の物理的な解釈について紹介します。

まず,波動関数のスピンへの対応ですが,非相対論的な場合のハミルトニアンとスピン演算子の固有夕刊数は同時固有関数であることを思いましょう。

この関係はディラック方程式の場合もきっと当てはまるに違いないと思われます。実際,4元のスピン関数

s3
h
2
σz 0
0 σz

に対して,   ( 両辺 eipz−iEt/h は省略 ↓ )

s3ψ+↑ =
h
2
1 cosθ   =
h
2
cosθ
-1
1 sinθ sinθ
-1
s3ψ+↑ =
h
2
1 =−
h
2
-1 cosθ cosθ
1
-1 -sinθ -sinθ

と確認できます。エネルギーが負の場合も同様です。


捕捉: 負のエネルギーをもつ電子

次に「エネルギーが負の電子状態」の意味ですが,この状態で記述できる電子の最低エネルギーはマイナス無限大であり,このような物理的状態が実在するのであれば,すべての電子はその状態に落ち込んでしまい,正のエネルギー状態をもつ電子は安定に存在できないことになってしまします。

ディラックは,この難点を克服するために,真空は負のエネルギーをもつ電子によってすでに満たされており,フェルミ粒子である電子はパウリの排他原理により負の状態に落ちていくことはないのだろうと提唱しました。この負の電子によって満たされた真空は「ディラックの海」と呼ばれます。

この仮説によると,負の質量を持つ電子がガンマ線などでエネルギーを得て,正のエネルギーをもつ状態にまで ”励起” されると,通常の電子と電子が抜けた ”ディラックの海の空孔” が対生成されることになります。

その後,この空孔は実際にアンダーソンによって発見され,陽電子と呼ばれ,電子と同じ正の質量と電子とはちょうど反対の正電荷をもつ粒子として振る舞います。さらに電子と陽電子が出会うと対消滅してガンマ線が発生することも観測されました。ディラックの電子論の正統性が確立されたのです。

(しかし,現在は「ディラックの海」仮説は否定されています。場の量子論によって説明する方が合理的とされています。)


3.確率の保存 

ディラック方程式

ih ψ=−ih c α1ψ α2ψα3 α3ψ +mc2α0ψ    (1)
∂t ∂x1 ∂x2 ∂x3

エルミート共役をとると,

ih ψih c ψα1 ψα2 ψα3 +mc2ψα0    (2)
∂t ∂x1 ∂x2 ∂x3

ψ×(1)×− (2)×ψ を計算すると,  αj に演算子は作用しないことに注意して,

ih ψ ψ ih ψ ψ =−ih c ψ α1ψψ α2ψψ α3ψ
∂t ∂t ∂x1 ∂x2 ∂x3
                           ψ α1ψ ψ α2ψ ψ α3ψ
∂x1 ∂x2 ∂x3
(ψψ)= c (ψα1ψ)+ (ψα2ψ)+ (ψα3ψ)
c∂t ∂x1 ∂x2 ∂x3
ρ=div j
c∂t

ここで,

ρ≡ψψ=ψ*1ψ1+ψ*2ψ2+ψ*3ψ3+ψ*4ψ4
  =|ψ1|2+|ψ2|2+|ψ3|2+|ψ4|2
j =(ψα1ψψα2ψψα3ψ)

である。この式は,連続の方程式の形をしており,ρを全空間で積分した量は時間の経過に不変であることが分かります。つまり,ψが量子論の波動関数としてふさわしいことが確認されました。


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ニュートン力学からディラック方程式への移行

ニュートン力学
E ,p = (px,py,pz)
E = p2/2m
量子力学
ih ,-ih
∂t
E = p2/2m
相対論的力学
(E/c,p1,p2,p3)
E2=c2p2+m2c4
相対論的量子力学 (ディラック)
ih ,-ih ,-ih ,-ih
c∂t ∂x ∂y ∂z
E=cαp+mc2α0