t102 カノニカルアンサンブルの方法
f-denshi.com  更新日: 13/07/11
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ここではカノニカルアンサンブルの方法をもちいた統計力学的処方を前ページ同様,2準位系を例に説明します。

1.カノニカルアンサンブル(正準集団)の処方箋

[1] 引き続き,2準位系を考えていきますが,ミクロカノニカルアンサンブルの方法では,等確率で出現する微視的状態数W(E,V,N)とエントロピーS(E,V,N)を議論の出発点に置きましたが,ここでは分配関数Z(T,V,N)とヘルムホルツ自由エネルギーF(T,V,N)を出発点におく,カノニカルアンサンブルの方法について説明します。この処方の正当性は後ほど証明します。ここでは流れをみてください。

独立変数として,エネルギーEの変わりに温度Tを用いることが,この処方の特徴であり,与えられた温度Tの大きな熱浴に接している系を取り扱うことになります。注目する系は熱浴とは絶え間なくエネルギーを交換するため,その系のエネルギーEはいつも揺らいでいることになります。したがって,いろいろなエネルギーを持つ微視的状態が時間とともに出現します。

カノニカルアンサンブルでは,各微視的状態rの出現確率 pr はその状態のエネルギーErと指定された温度Tによる関数で,次のような重み付けで観測されます。

pr = 1 ・exp(-Er/kT)         ・・・(1)
Z

この指数 exp(-Er/kT)はボルツマン因子と呼ばれ,この因子のため,エネルギーの低い微視状態の方が出現確率が高くなっています。また,Zは分配関数と呼ばれる「全事象が起きる確率を1とするための規格化定数」で,

Z= ・exp(-Er/kT)           ・・・(2)    

で与えられます。ここで,r はすべての微視状態につけられた通し番号で,すべての微視的状態にわたって和はとられます。もしくは同じエネルギーEの部分を先に計算して,

Z= W(E,N)・exp(-E/kT)        ・・・(3)    

と計算することもあります。

下の囲みには,2準位4粒子系のカノニカルアンサンブルを具体的に示しました。

2準位4粒子系のカノニカルアンサンブルを構成する16個微視的状態

前ページ,t101のミクロカノニカルアンサンブルの説明で具体例として,4粒子の全エネルギーが,E=-2εの場合を図示しました(下図の下から2行目のエネルギーをもつ微視的状態,2,3,4,5に対応)。しかし,系のエネルギーが一定という条件がなければ,一つの粒子については,±εの2つのエネルギー(固有)状態を取るため,全4つの粒子では,24=16とおりの微視的状態が存在します。そのすべての微視的状態を同じエネルギーごとに分類すると下図のようになります。


この系には全16個の微視的な状態がある。カノニカルアンサンブルの方法によれば,温度を指定したとき,各状態の出現確率は,その状態 r のエネルギーをErとすると exp(-Er/kT) に比例する。たとえば,上の微視的状態4が観測中に出現する確率は,e2ε/kT/Zで与えられる。ここで,確率の規格化定数Zは分配関数と呼ばれ,上図を参考にすれば,
  Z=e4ε/kT+(e2ε/kT+e2ε/kT+e2ε/kT+e2ε/kT)+(1+1+1+1+1+1)+(e-2ε/kT+e-2ε/kT+e-2ε/kT+e-2ε/kT)+e-4ε/kT
となる。

[2] カノニカルアンサンブルの方法では,先ず,最初に分配関数を計算します。4粒子2準位系では,上の図を参考にして,E=-4ε,-2ε,0,2ε,4εについて和を取り,

Z= 16 ・exp(-Er/kT)  
Σ
r=1
W(E,N=4)・exp(-E/kT)
 =1exp(4ε/kT)+4exp(2ε/kT)+6exp(-0/kT)+4exp(-2ε/kT)+1exp(-4ε/kT)

となります。なお,途中の計算式から分配関数はミクロカノニカル分布の微視的状態数W(E,N)を内包して含んでいることもわかります。ただし,Eは今考えている系のエネルギーではなく,微視的状態の取り得るエネルギーの一つ一つに対応します。

[3] このような計算を一般のN粒子2準位系に適用すると,2N個の微視的な状態を考慮することになり,大変面倒な計算のように感じますが,実際は次のように簡単に実行できます。まず,1つの粒子(これをaと番号付ける)に着目すると,その粒子のエネルギー状態は,2つのエネルギー準位 E(a)i=±εのどちらかの2通りだけですから,1粒子分配関数として,

z(a) 2 exp((-E(a)i)/kT) =exp(+ε/kT)+exp(-ε/kT)  
Σ
i=1
  = 2cosh ε            [1粒子分配関数] 
kT

を定義します。すると,互いに独立なN個の粒子からなる系のある微視的状態の全エネルギーが,

Er=E(1)i+ ・・・ +E(N)j   ( i,・・・,j は1か2のどちらか )

と単純な和で表せることから,系全体の分配関数は,

 Z =  exp Er
kT
  = 2 ・・・ 2 exp(-(E(1)i+ ・・・ +E(N)j)/kT)
Σ Σ
i=1 j=1
  = 2 exp[-(E(1)i)/kT]× ・・・× 2 exp[-(E(N)j)/kT]
Σ Σ
i=1 j=1
 
  =z(1)× ・・・×z(N) 
∴ Z= 2cosh ε N                    ・・・(3)’
kT

のように1粒子分配関数の単純な積として計算することが可能です。(一般的に独立な系の和からなる系の分配関数はそれぞれの系の分配関数の積となる。) 

[32] このようにカノニカルアンサンブルの方法で一番最初にやってのける作業が,「系の分配関数を計算する」 ことです。次にやるべきことは次式にしたがって,(ヘルムホルツ)自由エネルギーを分配関数から計算することです。ここでは天下り的に次の関係式を使います。(証明は次のページで行います。)

F=−kTlogZ 

この計算は対数をとるだけなので簡単です。N粒子2準位系の例では(3)’を上式に代入して,

F(T,V,N)=−NkT log 2cosh ε       ・・・(4)
kT

となります。これでカノニカルアンサンブルの方法における統計力学的な部分の話はおしまいです。もちろん,ここで提示したヘルムホルツ自由エネルギーはミクロカノニカルアンサンブルの方法で導いた結果[#]と全く同じです。ミクロカノニカルであろうとカノニカルであろうと,得られる熱力学量の計算値は一致します。

[4] さらに,熱力学的な緒関係式を用いて様々な熱力学量を計算して,ミクロカノニカルの方法と同じ結果が得られるか確かめてみましょう。まず,エントロピーです。エントロピーはヘルムホルツ自由エネルギーからの熱力学公式を利用して次のように導出します。

S(N,T,V)=− ∂F         ← 熱力学公式
∂T V,N
    =Nk log 2cosh ε +NkT 2sinh(ε/kT) −ε
kT 2cosh(ε/kT) kT2
    =Nk log 2cosh ε tanh ε      ・・・(13)
kT T kT

体積,粒子数一定の下で温度の微分を計算していますが,この系では体積依存性はないので,体積に関する部分は無視してください。そして,このエントロピーの計算結果はミロカノニカルアンサンブルの方法でボルツマンの原理から導いた変数T,N表示のエントロピー[#]と同じです。

これは,熱力学を知っている者には全く驚くに値しない,当たり前のことです!

[5] 次に内部エネルギーは熱力学関係式 U=F+TS から,

U(T,N) =−Nεtanh ε
kT

この結果も当然のことながら,ミクロカノニカルアンサンブルの方法で,エントロピーのエネルギーに関する微分によって統計力学温度の定義を経由して求めた内部ネルギーと温度との関係式[#]と同じです。つまり,ミクロカノニカルアンサンブルでもカノニカルアンサンブルでも最終的に得られる熱力学的な内容は同一となります。同様な結果は,公式,

U(T,V,N)=kT2 ∂logZ
∂T V,N
   =kT2 log 2cosh ε N
∂T kT V,N

を計算しても求められます。このようにミクロカノニカルアンサンブルとカノニカルアンサンブルの方法で同じ熱力学量が導かれた理由は,もちろん偶然などではなく,カノニカルアンサンブルの出発点となるボルツマン因子はミクロカノニカルアンサンブルに基づいて導かれたものだからです。ここまでくれば,もう等積比熱Cvは計算しなくとも,ミクロカノニカルアンサンブルとカノニカルアンサンブルとで同じ式になることは明白ですね。

[6] 以上の処方箋をまとめておくと以下のとおりとなります。

正準集団

まず,Z(T,V,N)を求める

P(T,V,N)=− ∂F
∂V T,N
Z(T,V,N)
分配関数
F(T,V,N)=−kTlogZ
自然な変数
S(T,V,N)=− ∂F
∂T V,N
U(T,V,N)=kT2 ∂logZ
∂T V,N
↓T について解いて
μ(T,V,N)= ∂F
∂N T,V

T=T(S,V,N)
Cv ∂U
∂T V,N
↓ U=F+TS
U(S,V,N)
自然な変数

 を求める。


化学ポテンシャル

化学ポテンシャルですが,これは簡単です。F(T,V,N)が自然な変数で表されている開放系の熱力学公式,dF =−SdT−PdV+μdN から,(ここでは系のV依存性はないので,dV=0)

μ(T,V,N)= ∂F
∂N T,V
     =−kT log 2cosh ε     
kT

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