気体分子運動の古典論
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理想気体についての古典力学的描象に基づいた考察です。熱力学の中だけでは導出することのできない内部エネルギーに関するBernourlli の関係を示します。(量子統計的な方法はこちら⇒ミクロカノニカル分布)

1.多数の質点の運動

[1] 体積V の中に十分多数のN個の気体分子が均一に入っているとします。気体分子は大きさのない質点の運動と見なし,速度v =(vx,vy,vz)で運動しているものとします。 速度が(vx,vy,vz)と(vx+dvx,vy+dvz,vz+dvz)の間にある気体分子の数が,

F(vx,vy,vz) dvxdvydvz

と書けるとき,F(vx,vy,vz)を速度分布と呼びます。単位体積当たりの分子数密度で表したいときは,

F(vx,vy,vz) dvxdvydvz
V

となります。

[2] F(vx,vy,vz) dvxdvydvz をすべての速度について積算すると,考えている体積V中の全粒子数に等しくなければいけないので,

規格化条件:

 F(vx,vy,vz)dvxdvydvz = N       全粒子数

を満たさなければいけません。また,分子1個あたりに換算した速度分布関数を,

f(vx,vy,vz)= F(vx,vy,vz
N

と定義し,速度分布の確率密度(関数)と呼びましょう。これはVのN個の分子の中から選び出したある1つの分子が速度v =(vx,vy,vz)を持つ確率と考えることができます。

[3] この確率密度関数と分子の速度の関数となるある物理量をψ(vx,vy,vzとすると,

f(vx,vy,vz)ψ(vx,vy,vz)dvxdvydvz  

を全速度空間で積分することで,ψの平均値<ψ>が得られるはずです。

<ψ>= F(vx,vy,vz ψ(vx,vy,vz)dvxdvydvz 

 f(vx,vy,vz)ψ(vx,vy,vz)dvxdvydvz    ・・・ [*]

N

これがミクロな物理量とマクロな物理量とを結びつけるもっとも基本的な関係です。

2.内部エネルギー

[1] 1.で導いた最後の基本的な関係式を用いて体積V中にあるN個の気体分子の平均運動エネルギーを求めましょう。気体分子は体積がVである立方体の中に閉じ込められているとします。まず,時間Δt の間に x軸に垂直なひとつの壁面(面積ΔS)が気体分子の衝突によって受ける力積の総和を求めます。

(1)

速度が(vx,vy,vz)と(vx+dvx,vy+dvz,vz+dvz)の間にある粒子の中で時間Δtの間に壁に到達する粒子数は,Δtと右図の斜中の体積と密度で表した速度分布とを乗じて,   

Δt・vx・ΔS ・ F(vx,vy,vz)dvxdvydvz
V

と計算できます。このときの時間Δt におけるx軸方向の運動量変化 Δpx は,1分子については2mvxなので,これに上式をかけて,

Δpx=2mvx vxΔtΔS ・F(vx,vy,vz)dvxdvydvz
V

となります。古典力学で,P=F/ΔS=Δpx/ΔtΔS と圧力Pが表されることを思い出すと,x成分については正方向の速度成分をもつ気体分子だけが壁面に到達することに注意して,

P =Δpx/ΔtΔS= 2mvx2・F(vx,vy,vz dvxdvydvz
V
 = m  vx2F(vx,vy,vz dvxdvydvz
V

と積分することで,分子の壁面に及ぼす圧力を計算できることがわかります。なお,最後の=では,F(vx,vy,vz)がvxに関して偶関数であることを仮定して,xの積分範囲を数学的に置き換えています。

[2] 以上の考察は空間の等方性から,y,z方向についても行うことができて, 

P = m  vy2F(vx,vy,vz)dvxdvydvz m  vz2F(vx,vy,vz dvxdvydvz
V V

よって,得られた3方向の結果をすべて足し合わせると,

3P = m  (vx2+vy2+vz2)F(vx,vy,vz dvxdvydvz
V
↓ vx2+vy2+vz2 = v2 として,
P = m  v2・F(vx,vy,vz)dvxdvydvz     ・・・・・・  [**] 
3V

が得られます。

[3] 一方,気体分子一個あたりの平均エネルギーを <ε> とすると,これは1.で導いた関係式[*]から,

 <ε> = mv2  ・f(vx,vy,vz dvxdvydvz
2

気体全体ではこれをN倍すればよく,

N <ε> = m  v2・F(vx,vy,vz)dvxdvydvz          ・・・ [***]
2

よって,[**][***]から,

   PV = 2  N <ε>=  2  U  [ Bernourlli の関係 ]
3 3

という関係式が得られます。ただし,U=N<ε> は理想気体の内部エネルギー に対応しています [#]。これは熱力学の範囲では導くことのできない関係式で,統計力学的な考察を必要としています。

[4] 特に N = NA (アボガドロ数) の時の理想気体の状態方程式 PV = RT と比較して,

PV = RT = 2  NA <ε> 
3

これを,

<ε> = 3RT 3kT      ( ただし,k  ≡  R   とおいて,この kBoltzmann定数と呼びます。) 
2NA 2 NA

と書き直しておくと便利です。この式は気体分子1個の持つ平均運動エネルギーと温度との関係を示しています。


3. ボルツマンによる f(vx,vy,vz)の具体的関数の導出

[1] ここまで,f(vx,vy,vz)=F(vx,vy,vz)/N の具体的な関数形を不明のまま議論を進めてきましたが,古典論の範囲でもその形を導出することができます。

速度が(vx,vy,vz)と(vx+dvx,vy+dvz,vz+dvz)の間にある粒子の数を,

F(vx,vy,vz) dvxdvydvz

ということでしたう。f(vx,vy,vz)が確率密度の意味を持つことに留意し,分子の3つの速度成分が各方向について独立であるとすれば, F(vx,vy,vz)は各成分の分布の積として,

F(vx,vy,vz)≡F(v2)=h(vx)h(vy)h(vz)   ・・・・・・・ [*]

と書けるはずです。ここで,vy=vz=0 とすると,

F(vx2) = {h(0)}2h(vx) ⇒ h(vx) = F(vx2)/{h(0)}2

同様に, h(vy) = F(vy2)/{h(0)}2, h(vz) = F(vz2)/{h(0)}2 も成り立ち,これらを [*] に代入すると,

F(v2) = F(vx2)F(vy2)F(vz2)/{h(0)}6

これを,(vx2) で微分して,vx2 = vy2 = 0 とすると,

F’(vz2) = F’(0)F(0)F(vz2)/{h(0)}6   ←  F(0) = {h(0)}3 
      = F’(0)F(vz2)/{h(0)}3
これを変形して,   F’(vz2  = F’(0)  = −α [定数] とおいて,これを解くと,
F(vz2 {h(0)}3
F(vz2) = c・exp{−αvz2

他の成分も対称性を考慮すれば,F(vx2) = a・exp{−αvx2},F(vy2) = b・exp{−αvy2}となり,

F(v2)≡A・exp{−α( vz2+vy2+vz2 )}

であることがわかります。また,A=abcはF(v2)の全速度空間にわたる積分が全粒子数 N に等しいことから,

 A・exp{−α( vz2+vy2+vz2 )dvxdvydvz = N

によって求めることができます。その結果,

A = α 3/2 N
π

すなわち,

ボルツマン分布:
F(v2)=N α 3/2 exp{−α( vz2+vy2+vz2 )}
π

一方,αはこの分布から全エネルギーを計算すると,温度と関係付けられます。すなわち,

E = α 3/2 m (vz2+vy2+vz2)・ N・exp{−α( vz2+vy2+vz2 )dvxdvydvz
π 2

極座標に直し,隅関数であることに注意して,

=2 α 3/2 N・exp{−α( v2 )・4πv2dv
π
3m  ・N

特に1モルの理想気体のとき,これは NA<ε> =3RT/2= 3NAkT/2 [#] にひとしい。すなわち,

3m  ・NA 3  NAkT α = m
2 2kT

であることがわかります。結局,

ボルツマン分布:
F(vx,vy,vz)=N m 3/2 exp −m( vz2+vy2+vz2
kT 2kT




速度分布の(極座標表示)
F(v,θ,φ)v2 sinθdvdθdφ  
等方性のときはθ,φについては積分しておいて,
4πv2・F(v) dv