一重項-三重項状態のエネルギー
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同一分子上にある一重項と三重項状態モデルのエネルギーについて考察してみます。

予備知識として,ハートリー・フォック近似法 ⇒ [#] を前提としています。

1.軌道関数も考慮したスピンの合成

[1] まず,使用する記号について説明します。

多電子系波動関数のスレーター行列を用いた記法は,

Φ(r1r2,・・・・ ) =|φaφbφc・・・・|≡
1
N!
φa(r1) φb(r1) φc(r1) ・・・
φa(r2) φb(r2) φc(r2) ・・・
φa(r3) φb(r3) φc(r3) ・・・
・・・

ですが,スピンを考慮するときは,上向きのスピン関数をα,下向きをβとし,簡便に波動関数に添えるときは +,- と書いて

Φ(r1r2,・・・・ ) =|φa+φb-φc+・・・・|
                ≡
1
N!
φa(r11 φb(r11 φc(r11 ・・・
φa(r22 φb(r22 φc(r22 ・・・
φa(r33 φb(r33 φc(r33 ・・・
・・・

のように書きます。

また,交換関係のときは, ( 反交換関係ではない )

    |p : スレーター行列式で,負の項の符号すべてに置き換える。

という記号を使用します。

[2] 電子1,電子2の2電子系の場合は,  

|φa+φb+|=
1
2
φa(r11 φb(r11
1
2
( φa(r11φb(r22−φa(r22φb(r11 )
φa(r22 φb(r22
| φa+φb- |p =
1
2
( φa(r11φb(r22φa(r22φb(r11  )

と書くことにします。

一般的な場合は,スピン座標σを用いて,波動関数に番号 k,電子に番号 j を用いて, φk(rj)χ (σj) のように書きます。

では計算を始めます。

[3] まず,三重項からです。

三重項

2電子系 (He原子の励起状態を想定せよ) の場合に,φaφb軌道に入っている電子スピンがともに上向きの場合,(3Φk(r1r2 ,σ1,σ2) =3Φkと記して,)

3Φ1=|φa+φb+

行列式で書くと,

3Φ1
1
2
φa+(r1) φb+(r1)
φa+(r2) φb+(r2)
   =
1
2
φa(r11 φb(r11
φa(r22 φb(r22

展開して,

3Φ1
1
2
( φa(r1b(r2)−φa(r2b(r1) ) α1α2

と軌道関数とスピン関数を分離して書くことができます。

[4] ここで,

J- は合成スピンの | jm>表示の j をそのままに m だけを一つ下げる演算子

昇降演算子

J|jm>|=
 (j+m)(j−m+1)
h|j (m-1)> 

であること [#] を思い出せば,3Φ1J- を作用させれば,三重項状態のすべての状態が得られるはずです。

先ず,|jm>表示では,

J1 1|=
 2
h|1 0> 

一方,J- をスレーター行列式 3Φ1=|φa+φb+|に作用させたときは,

J 3Φ1  =J|φa+φb+
        =h|φa-φb+|+h|φa+φb-|    

これら2つの式を比較して, ( |1 0> 〜 3Φ1 )

3Φ0
1
2
(|φa-φb+|+|φa+φb-|)

が分かります。さらに,J- を作用させて,

J-3Φ0
h
2
( |φa-φb-|+|φa-φb-|)

一方,|jm>表示では,

J1 0|=
 2
h|1 -1> 

したがって,  ( |1 -1> 〜 3Φ-1  )

3Φ-1 =|φa-φb-

となります。

一重項

一方,2つの軌道に入っている電子スピンが上向きと下向きであるから [#],( |0 0>=1Φ0)

1Φ0
1
2
{|φa+φb-|−|φa-φb+|}

これらの式をスピン関数を分離して書くために, 

ここで, 3Φ01Φ0 の右辺については,

|φa+φb-|=
1
2
φa(r11 φb(r11
φa(r22 φb(r22
1
2
a(r1b(r21β2−φa(r2b(r12β1]
|φa-φb+|=
1
2
φa(r11 φb(r11
φa(r22 φb(r22
1
2
a(r1b(r22β1−φa(r2b(r11β2]

この和もしくは差をとると,

|φa+φb-|+|φa-φb+|=
1
2
a(r1b(r2)−φa(r2b(r1)) (α1β2+α2β1)
                 =
1
2
φa(r1) φb(r1)
φa(r2) φb(r2)
 (α1β2+α2β1)
|φaφb1β2+α2β1)
|φa+φb-|−|φa-φb+|=
1
2
a(r1b(r2)+φa(r2b(r1)) (α1β2−α2β1)
                   =
1
2
φa(r1) φb(r1) p
φa(r2) φb(r2)
1β2−α2β1)
|φaφb |p1β2−α2β1)


これらを軌道関数とスピン関数を分離してまとめると,

3Φ1 |φaφb|・α1α2
3Φ0
1
2
|φaφb|・(α1β2+α2β1)
3Φ-1 |φaφb|・β1β2
3重項
1Φ0
1
2
|φaφb|p 1β2−α2β1)
1重項

または,

3Φ1
1
2
φa(r1) φb(r1)
φa(r2) φb(r2)
α1α2
3Φ0
1
2
φa(r1) φb(r1)
φa(r2) φb(r2)
1
2
α1 β1 p
α2 β2
3Φ-1
1
2
φa(r1) φb(r1)
φa(r2) φb(r2)
β1β2
3重項
1Φ0
1
2
φa(r1) φb(r1) p
φa(r2) φb(r2)
1
2
α1 β1
α2 β2
1重項

とまとめられます。軌道関数部分が対称ならばスピン関数部分が反対称であり,軌道関数部分が反対称ならばスピン関数部分が対称となっていて,全波動関数が反対称となることで,フェルミ粒子系に対する波動関数の要件を満足させています。




2.一重項と三重項状態のエネルギー

2つの電子が中心力を受けている場合のハートリー近似による取り扱い。ハミルトニアンは,

H = − h 12 +∇22 V(r 1)+V(r 2)) 1 e2
2m 4πε0 r12
    h(r 1)+h(r 2)  + g(r 1r 2)  ・・・・・・・ [*] 

ただし,

h (r j )= − h j2 +V(r j )    ;   j = 1,2
2m
g(r1r2 )=    e2 1    
4πε0 | r1r2 |

ハートリーフォック近似

j の位置座標 rj ,スピン座標σj の両方を合わせた座標を τj と書くことにします。

解として, スレーター行列式

Ψ(r1r2 ) =|ψaψb|=
1
 2!
ψa1) ψb1)
ψa2) ψb2)

の形をしているものの中で最適なものを探すことにします。 ここで,  

ψmj)=φm(rj )χ(σj) 

です。

スレーター行列式では,ある一組の電子を互いに交換すると,全波動関数の符号が反転するようになっています。これは行列式が行の交換にたいして符号が反転することからすぐにわかります。

[2] スレータ行列式で表される場合は,全エネルギーは,

<H> = Ψ*1,τ2 ) H Ψ(τ1,τ2 )dτ12
= <a|h|a>+<b|h|b>+<ab|g|ab> −<ab|g|ba>

2つのスレーター行列式で演算子を挟んで積分するとき(<Ψ|H|Ψ>などを計算するするとき)は,
一方を変数を固定した1つの項(どれでもよい)だけをとり,他方だけをスレータ行列を用いて,
さらに係数√n!を1として積分をおこなっても同じ結果を得る。小出昭一郎(p235)

理由
N=2の場合で考えると,2!=2より,6つの固有関数の積,A=φχ,B=χφとして,次の展開を考える。

(A−B)H(A−B)=AH(A−B)+BH(B−A)    ←間に入るHは省略

この各項は,φ,χの並びを一つ選んで(第1項ならば,φχ)と,それを反対称化した関数(φχ−χφ)と積の形をしており形をしており,
上の計算ではそのような項が,2!個現れることが分かります。ところが,最初に選ぶ並び,つまり,最初にどのように同種粒子に番号を振るか
は系の微視的状態に違いは与えないので,上式右辺に現れる項はすべて等しいことが分かります。

これは任意のNについて言えます。

ここで,

 <ab|g|ab> ψa*(r1b*(r2)g(r1r2a(r1b(r2)dr1dr2    [ クーロン積分 ]
 <ab|g|ba> ψa*(r1b*(r2)g(r1r2b(r1a(r2)dr1dr2    [ 交換積分 ]  
               

実際の計算  

三重項のエネルギー

3Φ1=|φa+φb+|=
1
2
a(r1b(r2)−φa(r2b(r1)]α1α2

[*]を用いて,ここではベタに計算してみる。

3E1=<3Φ1H3Φ1

   =<[φa*(r1b*(r2)−φa*(r2b*(r1)]α1α2 h(r 1)+h(r 2)+ g(r 1r 2) |[φa(r1b(r2)−φa(r2b(r1)]α1α2

=(1/2)<φa*(r1)|h(r 1)|φa(r1)><φb*(r2)|φb(r2)><α1|α1><α2|α2
              +<φb*(r1)|h(r 1)|φb(r1)><φa*(r2)|φa(r2)><α1|α1><α2|α2

    +<φb*(r2)|h(r 2)|φb(r2)><φa*(r1)|φa(r1)><α1|α1><α2|α2
              + <φa*(r2)|h(r 2)|φa(r2)><φb*(r1)|φb(r1)><α1|α1><α2|α2

    +<φa*(r1b*(r2)|g|φa(r1b(r2)><α1|α1><α2|α2
              +<φa*(r2b*(r1)|g|φa(r2b(r1)><α1|α1><α2|α2

    −<φa*(r1b*(r2)|g|φa(r2b(r1)><α1|α1><α2|α2
              −<φa*(r2b*(r1)|g|φa(r1b(r2)><α1|α1><α2|α2> 

=(1/2)<φa*(r1)|h(r 1)|φa(r1)>+<φa*(r2)|h(r 2)|φa(r2)>

    +<φb*(r1)|h(r 1)|φb(r1)>+<φb*(r2)|h(r 2)|φb(r2)>

    +<φa*(r1b*(r2)|g|φa(r1b(r2)>+<φa*(r2b*(r1)|g|φa(r2b(r1)>

    −<φa*(r1b*(r2)|g|φb(r1a(r2)>−<φa*(r2b*(r1)|g|φb(r2a(r1)>

=<a|h|a>+<b|h|b>+<ab|g|ab> <ab|g|ba>  3重項のエネルギー

さらに,3E0=<3Φ0H3Φ0>,3E-1=<3Φ-1H3Φ-1>について計算しても同じ値が得られます。

一重項のエネルギー

1E = <1Φ0H1Φ0

=<[φa*(r1b*(r2)+φa*(r2b*(r1)](α1β2−α2β1)| h(r 1)h(r 2)
                  + g(r 1r 2) |[φa(r1b(r2)+φa(r2b(r1)](α1β2−α2β1)>
1 <φa*(r1)|h(r 1)|φa(r1)><φb*(r2)|φb(r2)><α1β2−α2β1|α1β2−α2β1
4

       +<φb*(r1)|h(r 1)|φb(r1)><φa*(r2)|φa(r2)><α1β2−α2β1|α1β2−α2β1
        

    +<φb*(r2)|h(r 2)|φb(r2)><φa*(r1)|φa(r1)><α1β2−α2β1|α1β2−α2β1
    +<φa*(r2)|h(r 2)|φa(r2)><φb*(r1)|φb(r1)><α1β2−α2β1|α1β2−α2β1
    +<φa*(r1b*(r2)|g|φa(r1b(r2)><α1β2−α2β1|α1β2−α2β1
    +<φa*(r2b*(r1)g|φa(r2b(r1)><α1β2−α2β1|α1β2−α2β1
    +<φa*(r1b*(r2)|g|φa(r2b(r1)><α1β2−α2β1|α1β2−α2β1
    +<φa*(r2b*(r1)gφa(r1b(r2)><α1β2−α2β1|α1β2−α2β1> 
   ↓   <α1β2−α2β1|α1β2−α2β1>=2 を用いて
=<a|h|a>+<b|h|b>+<ab|g|ab> <ab|g|ba>   1重項のエネルギー

結局,

1E=3E1+2<ab|g|ba>

これは1重項のエネルギーは,3重項より 2×交換積分=2<ab|g|ba> だけ高いことを示しています。














[目次]




 H h1 )+h2 )  + g(τ1,τ2)

ただし,

h (r j )= − h j2 +V(r j )    ;   j = 1,2
2m
g(r1r2 )=    e2 1    
4πε0 | r1r2 |
3Φ0=|φa+φb-|=
1
2
φa(r11 φb(r11
φa(r22 φb(r22
1
2
a(r1b(r2)+φa(r2b(r1)](α1β2−α2β1)
3Φ1
1
2
|φaφb・α1α2