10 エルミート行列(演算子)
f-denshi.com   [目次] 最終更新日:  23/4/22
サイト検索

エルミート行列 (演算子) とは,H*H なる関係が成り立つ正規行列[#] のことです。量子力学の基本方程式(シュレーディンガー方程式)がエルミート行列の固有方程式 Hx =λx で与えられることから応用上もっとも重要な行列(=演算子)となっています。

1. エルミート行列(演算子) および,対称行列

[1] エルミート行列の基本的な性質を挙げておきましょう。

エルミート行列 H の性質 [ H*H

(1) (Hx,y )=(x,Hy )
(2) 固有値の値は実数   ← 量子力学で実数の固有値は観測量に対応する
(3) 異なる固有値の固有ベクトルは直交する。
(4) エルミート行列はユニタリ行列で対角化できる。
(5) エルミート行列の行列式は実数

(1)  (Hx,y ) = (x,H*y ) = (x,Hy )

(2)  (Hx,x ) = (λx,x) = λ(x,x )

一方,(1)よりこれは,

(x,Hx ) = (xx ) = λ*(x,x )

よって,λ=λ*  でなければなりません。  これは λ が実数のときのみ可能です。

(3),(4) はより広く,正規行列について成り立つ性質ですが,確認のためここでも書いておきました。  証明は → [#] 
   「固有ベクトルは直交する」という代わりに「固有空間は直交する」と言っても構いません。

(5) Hを対角化して,その両辺の行列式を考えれば,

H|=λ1・・・λn

とすべて固有値の積でHの行列式が表されるが,その値は明らかに実数である。


[2]

定理

ユニタリ演算子は,適当なエルミート演算子H を用いて,

U=exp(iH)

と表せる。

ユニタリ行列Uは適当なユニタリ行列Vを用いて対角化できて,

V-1UV= eiθ1 0 ・・・・ 0  
0 eiθ2・・
0 ・・・・ 0
0 0 ・・・・ eiθn

  θk∈R; k=1,2,・・・,n 

と表わせましたが,この式の右辺をテイラー展開

eiθk 1 (iθk)m
m!

してやると,

V-1UV=
im
m!
θ1m 0 ・・・・ 0
0 θ2m・・・
0 ・・・・ 0
0 0 ・・・・ θnm
    =
im
m!
θ1 0 ・・・・ 0 m
0 θ2・・・
0 ・・・・ 0
0 0 ・・・・ θn
    ≡
im
m!
Sm

すると,

   U=
im
m!
VSmV-1
    =
im
m!
(VSV-1)m
     =exp(iH)

と表せることが分かる。ただし,

S θ1 0 ・・・・ 0
0 θ2・・・
0 ・・・・ 0
0 0 ・・・・ θn

H ≡ VSV-1

と置いた。

ここで,H がエルミート行列であることは,V*V-1 であることに注意すれば,

 

H*=(VSV-1)*=((VS)V*)*
  =(V*)*(VS)*V(S*V*)
  =VSV*H

と計算できることから分かります。 (終)

[3] この定理におけるθkを時間 t の関数とみなせば,U(t)=exp(iH(t))は,量子力学におけるハミルトニアンH(t)で表される系の時間発展を表すユニタリ演算子に対応します。

[4]

・ エルミート行列のうちで特にすべての成分が実数であるときは対称行列と呼ばれます。

・ また,9.で述べたように射影演算子 [#] はエルミート演算子です。


.主値・主方向の性質

[1] n次元エルミート演算子の固有値はn個の実数で得られる (つまり,大小関係が必ず存在する) ので,その中には最大値と最小値があります。このことに注意して次の定理を見ていきましょう。

定理1: 

ベクトル空間V上のエルミート演算子Hの固有値λ,固有ベクトルu について,

     最大値をλmax, 対応する固有ベクトルを umax
     最小値をλmin, 対応する固有ベクトルを umin

とする。ここで,|v |=1 であるベクトルv ∈V の関数:

      ψ(v)=(Hvv ) =<v |H|v
     
    ↑v は V上の大きさ1の任意のベクトルです。

を考えると,  
 
    (1) vumax のとき,最大値:λmax =Max ψ(v)
    (2) vumin のとき,最小値:λmin =Min ψ(v)

をとる。 規格化してないx ∈V におけるψ(x) を二次形式といいます。

               この定理,量子力学では変分原理として知られています。

つまり,V 上の単位ベクトルv がいろいろな方向をとるとき,Hの最大の固有値に対応する固有ベクトルと同じ方向をv が向いたときにψ(v)は最大値をとるということです。最小値もしかり。

[2] 証明 

Hの固有値を

λmin=λ1<λ2<,・・・,λm=λmax

とし,その固有空間を,E (λ1),E (λ2),・・・,E (λm)とすれば,ベクトル空間Vは,

V =E (λ1)⊥E (λ2)⊥・・・・・⊥E (λm)

と直交分解されます[#]。すると,それぞれの固有空間への射影演算子を,Pk Pkxxk とすれば,

xx1x2+・・・+xm   ← |x |2=|x1|2+|x2|2+ ・・・ +|xm|2
H= λ1P1 + λ2P2 + ・・・ +λmPm  Hは正規演算子でもあるので [#]

これらを用いると,

Hx= λ1x1 + λ2x2 + ・・・ +λmxm

よって,

(Hx,x)=(λ1x1 + λ2x2 + ・・・ +λmxmx1x2+・・・+xm)
              ↓   j≠k ⇒ (xjxk)=0 より 
   =λ1|x1|2 + λ2|x2|2 + ・・・ +λm|xm|2
              ↓   λk ≦λm より
   ≦λm|x1|2 + λm|x2|2 + ・・・ +λm|xm|2  (等号はxxmのとき)
                  
   =λmax|x |2  ← λm=λmax ,|x |2=|x1|2+|x2|2+ ・・・ +|xm|2 とおいた。

[3] 同様に,

(Hx,x) ≧λmin|x |2  (等号はxx1のとき)

この2つの不等式を|x |2で除せば,

λmin ≦ (Hx/|x |,x/|x | ) ≦ λmax : 等号はx が最小,または最大の固有値に対応する固有ベクトルにおいてとる。

となり,vx/|x|  とおけば定理を得ます。  ()

[4] この定理から直ちに次のことが言えます。

定理2(系): 

ベクトル空間V上の対称行列Hの固有値λ, ψ(x)=(Hxx )とするとき,

     最大固有値 λmax<0 ならば,任意のx に対して,ψ(x)<0
     最小固有値 λmin >0 ならば,任意のx に対して,ψ(x)>0
ここで,内積 ψ(x)=(Hxx ) をHの定める2次形式と呼ぶ。  

    

λmax<0 ならば,すべての固有値は負となりますが,このとき,H負定値対称行列)といいます。一方, λmin >0 ならば,すべての固有値は正となりますが,このとき,正定値対称行列といいます。

また,負値対称行列に対応するψ(x)を負定値2次形式,正値対称行列に対応するψ(x)を正定値2次形式といいます。

この定理(系)は多変数関数が極値をとるための十分条件として重要です。n変数関数 f(x1,・・・,xn) について,

  f(x1+dx1,・・・,xn+dxn) = f(x1,・・・,xn)

1 dx1 +・・・+dxn  f(x1,・・・,xn)
1! ∂x1 ∂xn
1 dx1 ∂  +・・・+dxn 2  f(x1,・・・,xn)
2! ∂x1 ∂xn
+       ・・・・・・・・・・・・・・

とテーラー展開したときの2次の項は,

1 dx1 ∂  +・・・+dxn 2  f(x1,・・・,xn)= 1  tdx Hdx  ≡ 1 ψ(dx)
2! ∂x1 ∂xn 2 2

ただし,

H f11・・・・・f1n
, fij  ∂2f  ∂2f =fji
∂xi∂xj ∂xj∂xi
f21・・・・・f2n
 ・・・・・・・・
fn1・・・・・fnn
tdx=(dx1,・・・,dxn),  dx dx1
dx2
dxn

と,ヘッセ行列と呼ばれる対称行列Hを用いて表すことができます。したがって,f(x1,・・・,xn) が停留値をとる必要条件は1次の項について, 

∂f =・・・= ∂f =0
∂x1 ∂xn

[5] また,それが極大値となる十分条件は2次の項について,ψ(x)<0 [上に凸] ,極小値をとる十分条件は,ψ(x)>0 [下に凸] となりますが,これらを定理(系)を用いて言い直すと,

f が極大値をとる十分条件は,Hの固有値がすべて (=負定値対称行列) であること
f が極小値をとる十分条件は,Hの固有値がすべて (=正定値対称行列) であること

と述べることができます。これはHを対角化する基底を用いれば,基底変換後のHの対角線上には実数固有値λ1,・・・,λnが並び,基底変換によって,(dx1,・・・,dxn)⇒(dx'1,・・・,dx'n)とすれば,ψ(dx )=λ1(dx'1)2+・・・λn(dx'n)2という形式に書き直されることからも理解できます。なお,具体的な固有値の符号の判定方法については次の定理を証明抜きで書いておきます。

定理3: 

n次実対称行列Hにおいて, 

   (-1)kdetHk>0  (k=1,2,・・・,n)  ならば,任意のx に対してψ(x)<0 
      detHk>0  (k=1,2,・・・,n)  ならば,任意のx に対してψ(x)>0 
  

が成り立つ。ただし,
Hk f11・・・・・f1k
 : ・・・ :
fk1・・・・・fkk

つまり,先程の

f が極大値をとる十分条件は, (-1)kdetHk>0 (k=1,2,・・・,n)  である。
f が極小値をとる十分条件は,    detHk>0 (k=1,2,・・・,n)  である。

と言い換えることができます。


補足: この定理1は量子力学では変分原理として知られています。

変分原理:

シュレーディンガー方程式,

        H|v>=λ|v

の解のうち,基底状態を表す規格化された固有ケット(固有関数) |v’> は,<v’|v’>=1  なる条件の下で,

        <v |H|v

に最小値(極値)を与えるような固有ケットである。

ψ(v)=(Hv,v ) =<v |H|v> の物理的な意味は,状態 |v> におけるエネルギーの期待値です。

固有方程式:

H|hj>=εj|hj

は定常状態のシュレーディンガー方程式です。また,この固有方程式の固有ケット,固有値から

<hj|H|hj>=εj   ⇒ 固有エネルギー



一般に物理状態(固有状態)|aj>のときにとる(演算子A に対応する)物理量の期待値が,

<hj|A|hj>=<Aj   ⇒物理量A の期待値

で求まります。例えば,運動量演算子p からは

<hj|p|hj>=<pj   ⇒ 運動量の期待値 

が求められます。  つづく, ・・・・・・・・・・・・・・




[目次へ]